原作を読んだ者としては、なんとも… う〜む

映画「テンペスト」

映画「テンペスト」、見て参りました。(今年7本目)

原作を読んだばかりの者としては、なんともコメントのしようがないような…。原作を知らずに見た人は、いったいどんなふうに思うでしょうか?

(以下、人によっては「がっかり」のネタバレあり)

正直に言えば、1つの映画を見ているというよりも、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」についての1つの解釈を聞かされているような気分になりました。

どこかの新聞の映画紹介が書いていましたが、実際、原作の台詞をほとんど全部、忠実に、映画中の登場人物がしゃべります。だから、台詞の量が半端じゃない。芝居のストーリー説明のような台詞や、映像があれば言わなくてもいいような傍白まで、何でもかんでも、モノクロ時代の日本映画(たとえば「愛と死を見つめて」や「キューポラのある街」)のように矢継ぎ早にまくし立てます。しかもそれが芝居がかった(というかもともと芝居だし)大仰な台詞なのだから、原作を知らずに見た人が全部の台詞をまじめに聞いていたら(あるいは、全部の字幕をまじめに読んでいたら)へとへとになるのではないでしょうか。

登場人物でいうと、ナポリ王の息子フェルディナンド役のリーヴ・カーニーが「いかにも」という感じの優男。さらに、道化トリンキュローのラッセル・ブランドは昔のヒッピーの出来損ないのようだし、妖精エアリアルのCGもイマイチ。そこに電子音楽が流れてくるのは、かえって作品に合っていたのかも知れませんが、それがシェイクスピアに合っていたか、いなかったかは人によって評価が分かれると思います。

他方、ナポリ王弟セバスチャン役のアラン・カミングは、表向きは善良な人間に見えるものの、内面には兄王へのコンプレックスや野心を抱えていて、しかもその野心を本気で狙うほどの魂胆もない小心者らしい雰囲気を好演していましたが、それに比べると、ミラノ大公の地位を簒奪したアントニオ役のクリス・クーパーは、見るからに悪役すぎて、ちょっと残念でした。

そんななかで、主人公プロスペラ役のヘレン・ミレン以上に存在感を発揮していたのが、キャリバン役のジャイモン・フンスー。そもそも、このキャリバンという登場人物は評価の難しい存在。植民地主義の犠牲者という見方もあるそうですが、それをあえてアフリカ出身のジャイモン・フンスーにやらせる製作サイドの意図をどう考えるか。

しかも、トリンキュローが最初に魚に間違えるという設定に忠実に、鱗のようなメイキャップまでしているし、その動作・振る舞いが、彼だけ非常に芝居がかっていて、バレエか何かの演技のようなでした。そこまでがんばっているのに、原作のストーリーから言うと、キャリバンとトリンキュロー、ステファノーのからみは、どちらかといえばドタバタの幕間劇のような位置づけ(と思う、僕の読み方が浅いのか)。もったいないような気もしました。

最後、プロスペラが許すのではなく、自らの意志で岩屋から出て行ったところに、この映画なりの位置づけがあったのだろうと思いました。

エンドロールでは、原作のエピローグの台詞(この作品でいったんは筆を折ったシェイクスピア自身の遁辞だといわれている)まで、きっちり再現されています。主人公を女性に置き換えた割には原作に忠実な映画化だと言われていましたが、本当に徹底していました。

6/11(土)全国順次ロードショー 映画『テンペスト』

舞台となる島は、崖あり溶岩ゴロゴロの大地あり森ありのすばらしい風景でしたが、撮影はハワイでおこなわれたそうです。

【映画情報】
原作:ウィリアム・シェイクスピア/監督・脚本:ジュリー・ティモア/2010年 アメリカ 110分

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