共産党、「原発安全宣言」にもとづく再稼働要請の撤回を求める

日本共産党の志位和夫委員長が、政府にたいして、原発の「安全宣言」をおこない、地元自治体に再稼動の要請をおこなったことにたいして、撤回を求める申し入れをおこなった。

「原発安全宣言」にもとづく再稼働要請の撤回を求める/志位委員長、首相に提起:しんぶん赤旗

「申し入れ」のなかでは、たとえば「水素爆発防止対策」を実施したといわれるものが、実は、「炉心損傷で水素が発生しそうになったとき、原子炉建屋に穴を開けるドリルを備えておくという姑息[1]なものである」と指摘されている。えっ、ドリルを準備しただけでOKなの? と一瞬、目を疑うような話だ。

そこで、経済産業省、原子力安全・保安院の発表を探してみた。それで見つけたのがこれ↓。各電力会社が実施したとされる「シビアアクシデントへの対応に関する措置の実施状況の確認結果」として、経済産業省が6月18日に発表したもの。

福島第一原子力発電所事故を踏まえた他の発電所におけるシビアアクシデントへの対応に関する措置の実施状況の確認結果について(METI/経済産業省)

本文資料を読むと、「その結果、各電気事業者等から報告のあったシビアアクシデントへの対応に関する措置は、適切に実施されているものと評価します」と書かれている。

ところが、別紙1「福島第一原子力発電所事故を踏まえた他の原子力発電所におけるシビアアクシデントへの対応に関する措置の実施状況の確認結果について」を見てみると、6ページに、「水素爆発防止対策」の「確認結果」として、「穴あけ作業に必要な資機材(ドリル等)を配備し、または手配済みであることを確認した」と書かれている。

全ての交流電源が喪失した時において、炉心損傷等により発生した水素が原子炉建屋内に漏れ出した場合、原子炉建屋内への多量の水素の滞留を防止するため、原子炉建屋屋上に穴あけにより排気口を設けることとし、穴あけ作業に必要な資機材(ドリル等)を配備し、または手配済みであることを確認した。

核燃料が露出して水素爆発の危険があるときには、ドリルで穴を開けて水素を逃がすのだというが、そもそも水素が充満しているところでドリルによる穴あけ作業をやって、火花が飛び散る恐れはないのだろうか? それがきっかけで爆発が起きたらどうするつもりなのだろうか? かりに無事に穴があけられたとして、そこからは放射性物質を多く含んだ水素ガスが出てくるはずだが、作業をする人の被曝は大丈夫なのだろうか?

しかも、報告書をよく読むと、「配備し、または手配済みである」と書かれていて、すべての原発で「ドリル等」が「配備」されたわけでないことが分かる。原発によっては、「手配済み」つまり、注文はしたがまだ届いていない、というところもある、というわけだ。

それに、ドリルさえあれば万全というわけにはいかない。万が一「ドリル等」で穴あけ作業をやらざるを得ない事態になったとき、やみくもにどこでもいいから穴を開けろ、というわけにはいかないはずだから、こういう場合はここに、こんなふうに穴を開ける、ということがわかっていないといけない。ところが、それについては、次のように書かれている。

また、水素が滞留する前に作業が完了できること等、作業の安全性や確実性を十分に考慮した手順書を整備するとともに、訓練等を通じ継続的に改善することを確認した。

つまり、実際にどこに、どのような穴を開ければよいのか、その「手順書」の「整備」は、まったくこれからの課題なのだ。そして、その「手順書」ができたとして、それで本当に緊急時に穴があけられるかどうかも、これからの「訓練等」次第、というわけだ。

これで、どうして「安全性が確認された」といえるのだろうか。

そもそも、現在の原発防災マニュアルでは、原発周辺10km圏内についてしか避難計画は立てられていない。今回の事故で、20km、30km圏内についついても、避難計画が必要なことが明らかになったが、そうした避難計画はまだまったく準備されていない。それどころか、従来の防災マニュアルをどう見直すのかさえ決まっていない。

これまでも、原子力安全・保安院は、万全の備えができていると言って来たが、それが今回の事態だ。にもかかわらず、「壁に穴を開けるドリルを用意します」というだけで、どうしてまたもや「安全が確認できた」という評価を下せるのだろうか。まったく、同じことのくり返しではないか。せめて、ドリルが実際に用意されて、どこにどんなふうに穴を開ければよいのかを確認し、実際に穴をあけられるかどうかの訓練が終わってから、「シビアアクシデントへの対応に関する措置は、適切に実施されている」と評価しても遅くはないと思うのだが。

日本共産党の「申し入れ」全文は以下の通り。

申し入れ全文

   (1)

 海江田経済産業大臣は6月18日、各電力会社等に対して3月30日に指示した「緊急安全対策」にくわえて、6月7日に追加指示した「シビアアクシデント(過酷事故)対策」が「適切に実施されていることを確認した」として、定期検査等で停止中の「原子力発電所の再起動」を地元自治体に求めた。首相も翌19日、「きちんと安全性が確認されたものは稼働していく」とのべた。
 東京電力福島原発事故にかんして、政府は、さる6月7日、国際原子力機関(IAEA)に報告書を提出している。そのなかでは、従来の安全対策の不備を認めたうえで、「地震・津波への対策の強化」など「シビアアクシデント防止策」から、「原子力災害への対応」「安全確保の基盤」「安全文化の徹底」にわたる28項目の「教訓」を明らかにしている。
 この「教訓」なるものも、今回の福島原発事故で明らかになった原子力発電がもつ「異質な危険性」を直視した対応とはいえないものだが、今回の「安全宣言」なるものは、IAEAへの報告書で「教訓」としてあげていることに照らしても、そのごく一部分に手を付けたものにすぎない。それは、「再稼働さきにありき」の立場で姑息(こそく)な表面上の取り繕いをしたものにすぎず、これをもって「安全性が確保された」などとは到底いえない。

   (2)

 政府の指示した「緊急安全対策」に関していえば、そのなかで「短期対策」としてあげた「電源車の配置」や「浸水対策」などがとられただけで、みずから「中長期対策」として求めた「防潮堤、防潮壁整備」や「非常用発電機等の設置」などについては、各電力会社に計画を提出させただけで、対策はとられていない。
 新たに追加された「シビアアクシデント対策」の内容も、<1>中央制御室の作業環境の確保、<2>緊急時の原発内での通信手段の確保、<3>高線量対応防護服など資材の確保、<4>水素爆発防止対策、<5>がれき撤去用重機の配備の5項目だが、例えば、水素爆発防止対策にしても、炉心損傷で水素が発生しそうになったとき、原子炉建屋に穴を開けるドリルを備えておくという姑息なものである
 どちらの「対策」においても、たとえば、IAEAへの報告書で「教訓」としてのべた、「地震への対策の強化」は、まったくとられていない。過酷事故が起こったさいの住民の避難体制をどうするかの対策についても、まったくとられていない。

   (3)

 このように、政府が「確認」したという原発の「安全性」なるものには一見しただけでも、これだけ問題があり、到底、原発周辺の住民をはじめ国民が納得できるものではない。福島原発で重大事故がおこり、その収束の見通しもつけられない時点で、原発事故の始末ができていない政府が、どうして他の原発が「安全」などといえるのか、きびしく問われなければならない。原発立地道県の知事が、「論評に値する内容がない」、「再開のさの字も出る状況ではない」、「何ら質問に答えていない」と厳しい批判の声をいっせいに上げているのは、まったく当然である。
 政府は、定期検査中などの原発の再稼働を急ぐ理由として、日本経済への影響や夏の電力不足をあげているが、福島の災害を直視したとき、一部の産業界の求めに応じて、住民・国民の安全より、原発再稼働を優先させることは許されない。今回の「安全宣言」と、それにもとづく全国の原発再稼働の要請をただちに撤回することを強く求める。

  1. 「姑息」とは、「根本的に解決するのではなく、一時の間に合わせにすること。その場逃れに物事をすること」(三省堂『大辞林』CD-ROM版、1992年)。 []

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  1. トーリスガーリ

    共産党の副委員長だった小笠原貞子は、チェルノブイリ事故の起きた次の年、国会でこう発言している。

    「私たちとしては原子力絶対反対だという立場をとっていない。原子力は当然新しい問題をいろいろ出しているけれども、原子力の発見というのは新しいエネルギーを得たことになり、有効利用の可能性ということを考えると、これをもう全面的に否定だという硬直した考え方は私たちは間違っていると思うのです。」(昭和62年12月11日 参議院「産業・資源エネルギーに関する調査会」)

    共産党の連中は最近になって、自分たちだけが原発反対だったようなことを言っているが、とんでもない話だ。

  2. トーリスガリさんへ

    当日の小笠原さんの発言全体を貴方は読みましたか? あなたが引用した直後で、小笠原さんは、こう発言しています。

    共産党としては、だからそれですべていいというのではなくて、やっぱり原子力に対しては自主性、民主性、公開ということをよく言っております。
     原子力の平和利用というこの原則、これをしっかり守っていかなければならない。安全性確保の原子力開発政策というものに今のものから転換させることと、その規制を十分行うということが必要だ。そこで初めて人類に役立つ原子力というものになるんだと言わざるを得ないと思うのです。

    これは、昔から、そして現在も一貫した共産党の立場です。原子力の平和利用を本当に実現させるためには、自主・民主・公開の原則を守ること、安全確保のための規制をしっかりやること、それなしには原子力が人類に役立つことはない、という立場です。

    福島原発事故によって、あらためて現在の原子力発電が未完成の技術であることが明らかになりましたが、共産党は、そういう立場から、60年代から全国各地の原発立地にはどこでも一貫して反対を貫いてきました。

    その発言全体を読まずに、自分に都合のいいところだけを切り取って、「共産党は原発を認めてきた」かのように非難のは、それこそ「とんでもない話」です。

    1987年12月11日の参議院「産業・資源エネルギーにかんする調査会」の議事録はこちらから読むことができます。

    http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/111/1721/main.html

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