10兆円の国民負担 だれが責任をとるのか?

少し前になるが、「読売新聞」9月21日付に載っていた「金融行政転換 代償10兆円」という記事。

古い話だけれども、バブル崩壊後の金融機関の破綻処理で48兆円近くの公的資金が投入されたが、これまでに返済・回収されたのは約27兆円。残り21兆円ほどのうち、すでに約10兆5000億円が焦げ付いて、国民負担が確定している。

「読売新聞」の記事は、旧日債銀(日本債券信用銀行、現・あおぞら銀行)の粉飾決算裁判で旧経営陣の無罪が確定したことをきっかけにしたもの。旧長銀(日本長期信用銀行、現・新生銀行)の旧経営陣の粉飾決算裁判も同じように無罪が確定している。

裁判では、旧経営陣が意図的に粉飾決算をしたかどうかが争われ、結局、自己査定の基準適用が過渡期だったとして無罪になったが、そのことと、当時の金融機関の、不動産等への貸し込みが正しかったかどうか、あるいは、当時の公的資金投入や破綻処理が正しかったかどうかということとは別問題。

しかし、金融機関は公的資金を投入して、破綻させずに生きながらえさせれば、ちゃんと返済できたはずだというのでは、結局、「護送船団方式」のまんま(というか、「護送船団」時代には公的資金投入はなかったのだから、「護送船団」以上の過保護ということになる)。

金融行政転換 代償10兆円

[読売新聞 2011年9月21日朝刊]

 1998年に破綻した旧日本債券信用銀行(日債銀=現・あおそら銀)の粉飾決算事件で旧経営陣の無罪が確定し、同じ構図の旧日本長期信用銀行(長銀=現・新生銀)の事件に続く逆転無罪となった。バブル崩壊後の金融機関の破綻を巡る旧経営陣への刑事責任の追及はこれですべて終わった。破綻処理に伴う国民負担は両行を中心に10兆円を超えたが、行政の責任は問われないままだ。(越前谷知子、水上嘉久、山内竜介)

バブル崩壊後に破綻・実質破綻した主な金融機関への公的資金投入額
破綻金融機関 破綻の発表時期 債務超過分を穴埋めする金銭贈与 資産買い取り 合計(債務引き受けなども含む)
東洋信用金庫 1992年4月 200 200
東京協和信用組合、安全信用組合 1994年12月 400 400
コスモ信用組合 1995年7月 1,250 1,250
木津信用組合 8月 10,044 10,044
兵庫銀行 8月 4,730 4,730
太平洋銀行 1996年3月 1,170 1,170
阪和銀行 11月 812 2,083 2,935
京都共栄銀行 1997年10月 436 581 1,017
北海道拓殖銀行 11月 17,631 16,166 33,797
徳陽シティ銀行 11月 1,192 1,695 2,887
みどり銀行 1998年5月 7,719 2,659 10,378
日本長期信用銀行 10月 32,350 7,987 40,337
日本債券信用銀行 12月 31,414 3,811 35,225
国民銀行 1999年4月 1,742 343 2,085
幸福銀行 5月 4,848 1,706 6,554
東京相和銀行 6月 6,824 1,242 8,066
なみはや銀行 8月 6,299 1,905 8,204
新潟中央銀行 10月 3,556 1,021 4,577
信用組合関西興銀 2000年12月 6,613 1,483 8,096
石川銀行 2001年12月 1,739 894 2,633
中部銀行 2002年3月 667 646 1,313
足利銀行 2003年11月 2,563 17 2,580
日本振興銀行 2010年9月 1,697 529 2,226

※預金保険機構資料より。単位・億円。11年3月末現在。日本振興銀は4月時点

破綻の責任うやむや

 旧日債銀は破綻直前の1998年3月期決算で、不良債権額を少なく見積もったとして、当時の経営陣3人が起訴された。旧長銀でも同じ構図で起訴されたが、2008年に逆転無罪が確定している。両行の破綻は、金融行政が従来の護送船団方式から転換を進めていた時期と重なり、相次ぐ無罪は行政の混乱を反映した結果ともいえる。
 金融機関への検査結果に基づいて業務改善などを命じる「早期是正措置」が98年4月に導入されるのに合わせ、不良債権を見積もる自己査定の基準も97年7月に改正された。長銀、日債銀の両事件では、この新基準を適用すべきだったかどうかが裁判の焦点だった。
 いずれの事件も、金融行政の転換で、基準の適用が過渡期だったとして、不良債権の査定を「経営判断として許される裁量の範囲内だった」(日債銀事件の差し戻し控訴審判決)などと認定し、無罪の根拠とした。
 金融行政が転換した背景には、旧大蔵省や金融業界への強い不信感があった。
 97年11月、不良債権の重荷などから三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券が相次いで破綻した。政府は98年3月、長銀や日債銀を含む大手銀行に計約1.8兆円の公的資金を注入したが、市場の不信は払拭できなかった。旧大蔵省職員らが金融機関から受けた過剰接待問題も響いた。
 98年6月、大蔵省から金融監督・検査部門が分離され、金融監督庁(現・金融庁)が発足。「透明・公正さ」を求められた監督庁は、翌月から大手銀行に一斉検査を始め、不良債権の実態を厳しく追及した。政治にも翻弄され、10月に長銀が、12月には日債銀が破綻に追い込まれた。
 だが、経営悪化を招いた歴代の経営陣や、大蔵省の責任は不問に付される中途半端な対応に終わった。

金融機関に投入された公的資金と回収額
投入 回収済み
債務超過分を穴埋めする金銭贈与 18兆8648億円
(うち10兆4326億円は国民負担が確定)
資産買い取り 9兆7775億円 9兆8565億円
資本注入 12兆7364億円 12兆2656億円
(配当や株の売却益による回収利益が1兆5513億円)
損失補てんなどその他 6兆3599億円 4兆8774億円
47兆7386億円 26兆9995億円

※11年3月末現在。預金保険機構の資料より。国民負担以外は金融機関から集めた預金保険料などで賄われる。

「りそな」救済対照的

 バブル崩壊後の金融機関の破綻処理で10.4兆円の国民負担が確定した。資本増強のための公的資金投入で回収できた利益1.5兆円を差し引いても、国民負担は8.9兆円に達する。
 08年秋のりーマン・ショック後、欧米各国は兆円単位の公的資金を投入し、金融システムを守ろうとした。しかし、当時の日本では、公的資金の投入が「銀行救済ではなく、金融システムを守るため」という理解は広がらなかった。
 大手行への資金注入に先立ち、旧住宅金融専門会社(住専)の破綻処理で6850億円の税金投入を決めた際、政府は強い批判を受けた。大胆な資金注入より、経営難の金融機関を透明な方法で破綻処理し、経営陣の責任を追及することが「ベタi」とされた。ある金融庁幹部は「長銀や日債銀は、公的資金へのアレルギーもあって、破綻前に十分な資本を入れられなかった」と振り返った。
 長銀・日債銀の破綻処理では、債務超過を穴埋めするだけで約6兆円の公的資金が投入された。株式を100%減資し、株主も損害を被った。
 ただ、対照的なのは、03年、りそなホールディングスが破綻前に約2兆円の公的資金を注入された例だ。
 当時の竹中金融相が主導した「金融再生プログラム」に基づく「特別支援」という枠組みで、株の上場を維持し、株主責任も問わなかった。りそなへの公的資金は回収されつつある。

何にせよ、この記事の2つの表はとりあえず便利。

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