「僕ら」は幸福だというトンデモ本を読まされる不幸

2011年11月22日 (火) at 20:34:40 Posted in インターネット, 若者, 読書

140字という制約があるので、ちょっと言葉足らずのところもありますが、個々の中身が問題なのではなく、この著者の問題にたいするアプローチの仕方が問題なのです。

  • 『絶望の国の…』の著者の肩書きは慶応大学のナンタラ研究所の上席研究員ということになっているが、この本はそもそも研究に値するような中身があるのか? 著者も認めるように、インターネットで手に入る「データを並べて組み合わせた」だけ。カルチュラル・スタディにもなってないのでは? posted at 13:17:57
  • 『絶望の国の…』は、そもそも今の若者はかわいそうだという「常識」にたいし、データを集めてみたら著者が「今まで信じていた世界ががらっと変わってしま」ったというだけの本。この本を踏み台にして「新しい何かを考えてみたら」といっても、それは若者の貧困以外の「何か」を考えるということ。 posted at 13:35:33
  • 『絶望の国の…』には、言葉では若者の貧困が出てくるが、この著者はそれ自体を少しも研究していない。非正規の問題も、居酒屋で働く正社員になりたくないというインタビューでお終い。一方的な解雇に反対して裁判でたたかっている若者のことは彼の視野には入ってない。 posted at 13:45:48
  • 『絶望の国の…』は、著者自身の、僕は幸福だという自己再認識だ。体感的な「なんとなく幸せだ」という感覚(なにせ慶応大学から東大大学院へ進めるのだから、社会的に見て恵まれているのは事実)を「統計的データ」で裏付けただけ。 posted at 19:18:43
  • その「幸福」の中身たるや、テレビがある、エアコンがある、ファミコンがある、コンビニがある、インターネットができる、等々。貧相極まりない。(『絶望の国の…』の続き、ね) posted at 19:21:28
  • 『絶望の国の…』は、一方で「今の日本の若者は幸せだ」と言いながら、もう一方で若者を一括りにするような若者論は幻想だという。こんなものに1800円も払わせるなんて、それこそ詐欺だと思う。 posted at 19:31:45
  • @GAKU_IZ 自己レス。勿論著者はこうした「幸福」はいつまでも続かないと指摘する。しかし、パソコンもファミコンも携帯もない80年代に比べれば「僕ら」は幸せだという自己認識は否定していない。 posted at 20:34:55

この本を「トンデモ本」だというのは、別にこの本がどうでもいい本だということではありません。若者の貧困が問題にされる時代に、この本がどういう文脈で取り上げられ、影響を与えているかということは十分承知したうえで、しかしそれでも、なにかきちんとした中身があって主張されているというような本ではない、ということが言いたいだけです。

ご本人も「絶望の国の」と書かれているとおり、「幸福な若者」をバラ色一面で描いている訳ではありません。しかし、Twitterでもつぶやいたとおり、その陰の面については、著者は、あれこれ世上言われているような問題を並べてみせるだけで、それについては真面目に研究などしていないのだから、結局、残るのは「幸福な若者」だけということになるわけですね。決して、「こんなに大変な状況に置かれているのに、なぜ若者は立ち上がらないのか」という問題に真面目に取り組んで、「だから若者たちよ立ち上がろう」と言っている訳ではありません。だから、「いや、著者も、別にいまの若者を幸福一色で論じている訳ではない」などというのは反論になりませんので、あらかじめご承知置きを。

なお、これは私個人の感想・批評です。一般に発売されている本なのだから、それを読んだ個人がどんな感想を持とうとそれは自由。この本の中身を理解してないなんていうコメントはお断りします。もし真面目に問題提起をしているのであれば(そんなことはありえないと思いますが)、こんなふうな感想を持たれる書き方をするな! ということです。

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