守屋典郎『日本マルクス主義の歴史と反省』について

守屋典郎『日本マルクス主義の歴史と反省』

守屋典郎『日本マルクス主義の歴史と反省』

数日前から、守屋典郎氏の『日本マルクス主義の歴史と反省』を読んでいます。その前の『日本マルクス主義理論の形成と発展』は面白かったのですが、『歴史と反省』になると、ちょっと…。

  • 守屋典郎『日本マルクス主義の歴史と反省』を久しぶりに読み返しているが、再生産論と恐慌論での資本論理解は古色蒼然としたヘーゲル主義で、いまとなっては歴史的文献としてしか読めない(ある意味当たり前のことだが)。 posted at 18:05:14
  • 恐慌の必然性をめぐる富塚良三批判も、守屋氏にとっては恐慌の必然性とは資本主義的生産様式の確立とイコールで、再生産表式に示された資本主義的再生産軌道が定置されることがイコール恐慌の必然性の証明。 posted at 18:09:21
  • しかし、富塚氏その他の論者が恐慌の必然性として論じているのは、景気循環・産業循環の中でどのように不均衡が蓄積されて、何をきっかけとして恐慌へ転ずるかという問題。それを、守屋氏は流通主義だと一刀両断。 posted at 18:11:51
  • 守屋氏的な意味で恐慌の必然性を論ずれば、各資本主義国で恐慌の必然性が証明されるのは歴史的に1度だけで、再生産軌道が定置されれば、それ以後は恐慌の必然性は問題にならないということになる。 posted at 18:21:09
  • しかし僕を含め、誰もが恐慌の必然性として思い浮かべるのは、富塚良三氏などが論じてきたように、何故、何によって、どのようにして好況局面から恐慌へ転ずるのか、という問題。そこがそもそも大きな食い違い。 posted at 18:24:16
  • だから守屋氏は、再生産論と再生産表式とを使い分けて、表式そのものは均衡を表すが再生産論は恐慌の必然性を示すものととらえ、そこから富塚氏の均衡拡大再生産軌道を均衡論だのマルクスの再生産論を理解していないと批判する。 posted at 18:30:38

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