マルクスの理論は僕たちが世界をつかみとるための「武器」だ

昨夜は、マルクスの理論を学ぶことの意味について、呟きました。

  • @peace_dawn26 序文の3「経済学の方法」で、マルクスが、世界を理論的に我がものにするさいも、主体はいつも頭に思い浮かべられていないといけないと言ってるでしょ。僕は、あれがかなり気に入ってます。 posted at 23:58:41
  • @peace_dawn26 「経済学の方法」の最初で、いわゆる下向・上向の話が出てきます。そのパラグラフの一番最後です。ま、そんなのもあるのかと思って、楽しみに読んでください。 posted at 00:12:51
  • @peace_dawn26 経済学批判の序説のいわゆる史的唯物論の定式の説明で、不破さんが、土台で矛盾が深まっても決着をつけるのは上部構造だと説明してるでしょ。あれって、これまでほとんど見かけたことのない画期的な説明だと思いますよ。僕が不勉強で知らなかっただけかも知れませんが。 posted at 00:17:54
  • も少し正確にいうと、マルクスは自動崩壊論じゃないから、土台の矛盾がいくら深まっても、主体的な階級闘争の勝利なしに革命は起こらない、というのは、よく言われてきたこと。 posted at 00:21:34
  • しかし、それを経済学批判の序説の定式と結びつけて、土台・上部構造論の文脈で、上部構造というのは階級闘争を戦い抜いて決着をつける場だという意味だと、あの定式を読んだのは不破さんが初めてじゃないか、ということ。 posted at 00:24:14
  • @peace_dawn26 不破さんの解説で初めて勉強する人は、当たり前のように思って聞いてるかもしれませんが、不破さんが当たり前のように説明していることの中に、スターリン流のエセ理論にたいする見事な批判がたくさんあるのです。そこが、まさにルネッサンスなんですよ。 posted at 00:29:49
  • マルクスの理論は、僕たちが世界を理論的につかみとるための「武器」だと思う。唯物論はこう、弁証法はこう、史的唯物論はこう、という説明のための説明なんかではない。自分が自分なりに本気で世界をつかみとろうとするとき、マルクスの理論が「導きの糸」として役立つ。 posted at 00:51:58
  • だから、何か解説書を読んで一通り覚えたらおしまい、ではなく、くり返しくり返しマルクスにたちかえって、マルクスがどにように世界と格闘してそれを理論的につかみとったのか、その努力のあとを学び取らなくてはならない。 posted at 00:55:48
  • 同時に、僕たちは、世界そのものについてもよく知らなければならない。世界は多様で、対立する諸側面を持った複雑な存在。その現実の世界の姿を生き生きとつかまなければ、世界を理論的につかみとることはできない。世界をつかむ努力と、マルクスの理論をつかむ努力と、この二つの努力が必要だ。 posted at 01:01:16
  • マルクスが、経済学批判の序論で、世界を理論的につかむさいに、主体(世界)がつねに頭の中に思い浮かべられていなければならない、と言っているのはそのことを指したもの。これは、理論活動が変な所にはまり込まず、現実にたちむかうためのポイント。マルクスの理論が唯物論である所以。 posted at 01:06:06
  • 35年前、青年の学習会でマルクス経済学の基本を勉強した時のこと。僕は大学でマル経の授業もとってたし資本論もよんでいたので、たかをくくって聞いていた。でも、あとの班討論の時に、職場の青年が「今日僕は初めて自分が搾取されてることがわかった」と言っていたのが印象的だった。 posted at 01:09:20
  • 自分は、その青年が言っていたような意味では搾取の仕組みを理解してなかったな、とショックを受けた。彼はマルクスの理論を知って、自分の置かれた境遇を「搾取されている」とつかみ直した訳で、その意味で彼は真理をつかんだといえる。それが大事なのだと思う。 posted at 01:15:10
  • この真理は、誰かが与えてくれるものでなく、自分でつかみ取るもの。理論は人から教えてもらうことはできるが、真理は自分で苦労してつかむしかない。まさに「学問に王道なし」だ。 posted at 01:18:18
  • そして、真理をつかむために理論と現実に格闘しているかぎり、初めてマルクスを読む初学者も専門研究者も同じ。真理の前には誰もが平等であり、大学の先生が言ってるから正しいなどということはない。ただしそうであるためには、本気で理論と現実に取り組まなければいけない。 posted at 01:22:27
  • そうは言っても、実践家としては、全部わかるまでじっと研究ばかりしてるというわけにはいかない。だから、いまわかっていることの限りで発言もしなきゃいけないし、人に訴えなきゃいけない。そんなときに、「いやよくわかんないんですけどね」なんて言ってられない。 posted at 01:29:56
  • その場合でも、「分からないこと」には謙虚でなければならない。自分の「分からないこと」をとりあえず埋めてくれる即席の回答ですませるのでなく、わずかな時間でも一手間かけて自分なりに調べて確かめて「なるほどそうだ」というものをつかもう。そうすれば、それは自分の知識。 posted at 01:34:06
  • 僕も時々若者や地域のおじさん、おばさん相手に科学的社会主義の基礎をお話する機会がある。その時、何気なく出される質問が、実は問題の大事な点をついている、ということがよくある。だから、基礎編的な話だからと油断していると、意表をつかれて大変なことになる。学習恐るべし。 posted at 02:00:12
  • 他方で、「分からないこと」の性格によっては、マルクスの草稿でどう書かれているかと言った、非常に専門的で、重箱の隅をつつくような議論が必要になる場合もある。しかし、そんなことをやってもむつかし過ぎると言って、それを避けて通ることもできない。そこが、しんどいところ。 posted at 02:03:52

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