【中間整理】ブルックナーの各交響曲の稿について

ブルックナーの交響曲は、「稿」の違いと「版」の問題とが絡み合って、なかなかややこしい。とりあえず各交響曲の作曲の年代と「稿」について整理しておこう。

【第1番】
第1稿 1866年(いわゆる「リンツ稿」) いまもっぱら演奏されるのはこれ。
第2稿 1891年(「ウィーン稿」)→1891年初演、1893年に出版。1935年にハース版が出るまではこれのみが知られていた。

【第2番】
第1稿 1872年→1873年初演。厳密には1873年初演の段階ですでに1872年稿に手が入っていたらしい(アイヒホルンのCDがある)
第2稿 1877年←1876年の再演に前後して手をいれたもの。1892年に出版(「初版」とされる)、1894年初演。

【第3番】「ワーグナー」
第1稿 1873年←演奏機会なし。
第2稿 1877年(スケルツォのコーダ部分は1878年)→1877年初演は大失敗したが、出版される(「初版」とされる)
第3稿 1889年→1890年出版(「第2版」)、同12月初演。現在もっぱら演奏されるのはこれ。

【第4番】「ロマンティック」
第1稿 1874年←生前は演奏されず。
第2稿 1878年(第1楽章〜第3楽章)、1880年(第4楽章)←いわゆる原典版。1881年に初演。
第3稿 1888年→1889年に出版(いわゆる初版譜。レーヴェの意見を反映して大幅カットをしたもの)。

【第5番】
1876年にひとまず完成、1878年にバス・チューバを加えるなどの追加修正。初演は1895年(大幅カット)、全曲演奏はブルックナーの死後(1935年)。

【第6番】
1881年 全曲の初演はブルックナーの死後(1901年)。

【第7番】
1883年 1884年12月に初演され大成功を収める。

【第8番】
第1稿 1887年→レーヴェが「演奏不可能」と決めつけたため、ただちに全面的に書き直し。
第2稿 1890年→1892年に初演、成功する。第2稿には×で削除された部分があるが、ハース版はそれを一部取り入れられている。

【第9番】
1894年 第1楽章〜第3楽章

こうやってみると気づくのは、現在ではブルックナーの交響曲はどれも歴史的な名曲としてコンサートで演奏されるが、当時は、まさにコンテンポラリーな作品で、初演されたとしても再演にこぎ着けるのは大変だった。3番で失敗し、4番は一応初演されたとはいえ、ブルックナーが評価されるようになるのはようやく7番から。5番、6番などは生前には事実上演奏される機会はなかった。

しかしブルックナー自身にしてみると、1872年に2番を作曲して73年に初演したあと、3番(1873年)、4番(1874年)、5番(1876年にひとまず完成)と立て続けに作曲。また、1875年にはウィーン・フィルが2番の献呈を受け入れ、それを受けて76年に再演(それにむけて改訂がおこなわれる)され、77年には3番の初演がおこなわれるなど、演奏の点でも順調に行き始めたところだった? しかし、3番初演は失敗し、ここから怒濤の改訂作業が始まる。次の6番が作曲されるのは1881年、演奏も1881年になってようやく4番〔第2稿〕の初演となる。

ブルックナーが自分の交響曲を改作した時期は、1)第6番を作曲する1880年までの時期(2番、3番、4番)と、2)第8番を作曲・改稿していた1887年〜1890年の時期(4番、3番、8番、1番)、に分けられる。この2つの時期のあいだに作曲した第5番、6番、7番は改稿はされていない(厳密にいえば、5番の作曲は第1の時期と重なっているが)。

で、版の問題はまだよく分からない。^^;

間違いがあればご教示ください。

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