吉川敏子『氏と家の古代史』

吉川敏子『氏と家の古代史』(塙書房)

吉川敏子『氏と家の古代史』(塙書房)

日本古代の「氏(うじ)」と家(「戸」)を論じた本。著者は奈良大学教授。

「氏」が「始祖を共有する父系系譜で結ばれた集団」(8ページ)であることをわかりやすく解き明かしている。氏姓は制度のもとで、中央の豪族(「氏」)は「連」や「造」などの「姓」を天皇から与えられる。そして、たとえば大伴連に従属する地方の豪族は「大伴直」という氏姓が与えられる。もちろん、大伴連と大伴直は血縁関係はないし、各地の大伴直同士にも血縁関係はない。

他方で、「戸」(家)は、戸籍によって編制されたもの。その場合、どういう原理で編制されたか。著者は、大宝律令・養老律令の条文からそれを明らかにしている。戸の記載は、(1)成人男子である家長を起点とする母・妻・男・女・孫・孫女・婦などの親族呼称が書き込まれる。これは戸主の家でも寄口の家でも傍系親の家でも同じ。(2)それぞれの家に嫡子が定められている。「戸」に複数の家が含まれるのだから、1つの戸に複数の嫡子が存在する。(3)妻子をもつ成人男子であっても、男性直系尊属である父が生存していれば、父を起点とする親族呼称が書き込まれ、彼らの妻・妾は婦・婦妾と書かれ、その子供は孫・孫娘と書かれる。(4)(3)の結果として、戸籍には母は記載されることがあっても、父が記載されることはない。(85ページ)

つまり、古代の戸籍に書かれた「戸」はこのような明確な基準にしたがって、「親族関係にもとづく小集団を最小の単位として、それらを組み合わされるかたちで」編集されたものだというのである(80ページ)。

著者は、さらに大宝律令の分析から、この前提には、(1)男系の重視、(2)嫡子の優遇、かつ(3)世代交代とともに分立していくもの、という明確な「家にかんする概念」があったとする(90ページ)。ただし、このような明確な「家」概念は、養老律令では不明確になっていくのだが、ともかく大宝律令に示された「家」概念は、唐の律令とも違う、日本の独自の概念であるという。(しかし、なぜそういうことになったのか、著者にはぜひそのあたりの解明をしてほしい)

8世紀になると、氏族の結束が弱まり、それに代わって、貴族層では「家」の結集が強まることが第4章で詳しく明らかにされている。律令制度の完成とともに、「氏姓制度」のもとでのような「氏」と職掌が直結したような体制が崩れるわけだから、政治的な結集の中心が「氏」から離れていくのは当然だろう。

(以下は、吉川氏の本を離れて、私が古代の氏や家に関心を持つ理由)

日本の古代では「女性の世界史的敗北」はなかったとする説があるが、著者が明らかにしているように、古代の「氏」が父系系譜であったことは間違いないだろう。しかし他方で、日本では、女性天皇が登場したり、中世になっても北条政子の例に見られるように、夫が亡くなったあと女性が家産やら一族を代表する地位を継承する場合があったのも事実。なぜそうなるのか。それは、エンゲルスが『起源』で論じた氏族が明確な内婚忌避のルールをもっていたのにたいして、日本の「氏」はそういう明確な内婚忌避のルールをもたないことがあげられる。もちろん日本でも、同母兄妹・同母姉弟の通婚は忌避されるが、従兄妹・従姉弟やオジ姪・オバ甥の近親婚は珍しくない。それどころか、天皇一族の場合には、意図的にそうした近親婚をくり返すことで、高貴な血統をつくりだそうとしたように思われる。

内婚忌避をともなう父系氏族の場合、女性が結婚して生まれた子供はすべて他の氏族に属するので、そのような女性が一族の財産を継承することは考えられない。しかし、内婚忌避がない場合には、女性も父系系譜を継承することができるから、一族の男子が適当な年齢になるまでの間、一時的緊急避難的に女性が族長の地位につくことは十分ありうることになる。

氏族制度については、母系か父系か、あるいは双系かということばかりが議論されるが、内婚忌避のルールをもっているかどうかを含め、もう少し多様に議論されるべきだろう。単純にモーガン=エンゲルス的な「母系氏族」「父系氏族」のどちらにあてはまるかどいう議論だけをくり返しても不毛である。

【書誌情報】
著者:吉川敏子(よしかわ・としこ)/書名:氏と家の古代史/出版社:塙書房(塙選書118)/刊行年:2013年10月20日

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