gesellschaftlichは「社会的」か?

2014年1月2日 (木) at 21:42:39 Posted in 経済学

『資本論』を読んでいて、しばしばぶつかる言葉に gesellschaftlich という形容詞がある。もちろん、いうまでもなく名詞 Gesellschaft の形容詞形だ。だから、たいていの翻訳では、gesellschaftlich と出てくれば「社会的」という訳語が当てられている。

しかし、本当に「社会的」でよいのか? それに、そもそも「社会的」とはどういう意味なのか?

たとえば、第23章第2節に登場する以下の部分。

 それぞれの個別資本は大なり小なりの生産諸手段の集積であり、それに応じた、大なり小なりの労働者軍にたいする指令権をともなう。それぞれの蓄積が新たな蓄積の手段となる。この蓄積は、資本として機能する富の総量の増加にともなって、個別資本家の手のなかでの富の集積を拡大し、それゆえ、より大規模な生産の、そして独自の資本主義的生産方法の基礎を拡大する。社会的資本の増大は、多数の個別資本の増大を通じて行なわれる。(新日本出版社『資本論』上製版、Ib、1071〜1072ページ)

Jedes individuelle Kapital ist eine größere oder kleinere Konzentration von Produktionsmitteln mit entsprechendem Kommando über eine größere oder kleinere Arbeiterarmee. Jede Akkumulation wird das Mittel neuer Akkumulation. Sie erweitert mit der vermehrten Masse des als Kapital funktionierenden Reichtums seine Konzentration in den Händen individueller Kapitalisten, daher die Grundlage der Produktion auf großer Stufenleiter und der spezifisch kapitalistischen Produktionsmethoden. Das Wachstum des gesellschaftlichen Kapitals vollzieht sich im Wachstum vieler individuellen Kapitale. (MEW., S.653)

ここでマルクスは、個別資本家の手の中での生産手段の集積が富の集積をもたらすと指摘して、それを「社会的資本の増大は、多数の個別資本の増大を通じて行なわれる」とまとめている。その場合の「社会的資本」も gesellschaftlich だが、「私的資本」に対立する意味でもなければ、個別資本とは別に存在する社会資本でもなく、個別資本の総和としての社会的資本、つまり「社会全体の資本」という意味で使われていることは明らかだろう。

第4章第3節「労働力の購買と販売」では、労働力の価値規定として、こんな文章が出てくる。

労働力の価値は、他のどの商品の価値とも同じように、それが流通にはいるまえに規定されていた――というのは、労働力の生産のために一定分量の社会的労働が支出されたからである。(上製版、Ia、296ページ)

Ihr Wert, gleich dem jeder andren Ware, war bestimmt, bevor sie in die Zirkulation trat, denn ein bestimmtes Quantum gesellschaftlicher Arbeit ward zur Produktion der Arbeitskraft verausgabt, … (MEW., S.188)

ここも「社会的労働」は、「私的労働」とは別に、どこかで誰かによって行なわれる労働のことではなく、「社会全体の労働」という意味であることは明らか。すなわち、「労働力の生産のためには、社会全体の労働のなかのしかるべき分量が支出されている」という、いたって当然の事実を述べている。

もちろん、すべてのgesellschaftlichがこういう意味で用いられているわけでなく、「私的な」という意味に対立する「社会的な」という意味で使われている用例もたくさんある。

しかし、日本語で「社会的」といった場合に、それが「社会全体の」という意味であるというのは、なかなか思いつかない。「社会的資本」と言われると、株式会社化された資本とか社会化された資本のことを思い浮かべる人のほうが多いだろう。それだけに、「社会的」と訳されている言葉の中には「社会全体の」という意味の場合もあるということは覚えておいてよいことだと思う。

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