資本論について呟きました

2014年2月23日 (日) at 12:54:07 Posted in 経済学

この間資本論について呟いたものを貼り付けておきます。

最初に、新日本版の誤植の指摘。

  • 資本論第3部第8章新日本上製版257頁の訳注で「国内的利潤率」と訂正した理由を「草稿により訂正」とあるのは誤り。草稿も「国際的」となっている(MEGA II/4.2のアパラート1194頁、223.34の項参照)。新書版では草稿でも「国際的」となっていたと書かれていた。 #資本論 posted at 21:16:12
  • 資本論第3部第7章、新日本新書236頁1行目、上製版234ページ3行目「8シリング」は正しくは「6シリング」、次行「1シリング1ペンス」は「5シリング1ペンス」。新書版いらいの誤植で上製版でも訂正されていない。 #資本論 posted at 21:19:52
  • ちなみに、同じ箇所のA織布工は、もとになった工場監督官報告を見ると、2人で6シリング8ペンス。現行版の1/2ペンスという端数がどこから来たのかは不明。 #資本論 posted at 21:21:28

ヘンダースン氏の肩書きについて。

  • 資本論第3部第7章新書版232頁後ろから3行目、ヘンダースン氏の肩書きが「救貧委員会議長」となっているが、間違い。原資料の工場監督官報告書ではthe chairman of the labour committee of Blackburnとなっている。 #資本論 posted at 21:27:15
  • この箇所は、もともと資本論でもPräsident des Komitees von Blackburnとしか書いてなくて、何の委員会かは分からない。だからそれまでの邦訳はただ委員会と訳していた。それを新日本版では「救貧委員会」としたが、結果的に勇み足。 #資本論 posted at 21:30:35
  • じゃ、工場監督官報告書に書かれている「労働委員会」とは何か。それが分からない。だからエンゲルスもそこをぼかして「委員会議長」としたのだろう。地方の救済委員会のもとで、土木事業の実施計画をつくった委員会あたりではないかと思うが資料がない。 #資本論 posted at 21:32:47
  • ちなみに「救貧委員会」と訳されているのは英語ではRelief Committee。従来の邦訳では「救済委員会」とか「扶助委員会」と訳されていた。3人のGardiansから構成され、中央の救貧法委員会・救貧法庁のもとで、地方の救貧行政の実施にあたった。 #資本論 posted at 21:37:10
  • 資本論第3部第8章原注20がついている段落はエンゲルスによるもの。草稿にはこのような文章は存在しない。技術的構成と有機的構成の関係をはっきりさせるために、エンゲルスが追加した文章。 #資本論 posted at 22:00:17
  • ちなみに、注20で、エンゲルスはこの規定は初版、第2版には含まれておらず第3版で初めて展開されたと書いているが、厳密にはフランス語版でマルクスが書いたものを第3版に取り入れられた。 #資本論 posted at 22:02:05

何が何と同格か?

  • 資本論第3部第8章新日本新書255頁7行目、上製版251頁7行目「その価値すなわち労賃の総額が」とあるのは「その価値が、労賃の総額すなわち」が正しいのではないか。 #資本論 posted at 22:06:01
  • 資本論ではsein Wertとdie Summe der Arbeitslöhneとein bestimmtes Quantum vergegenständlichter Arbeitが「,」で並んでいて何が何と同格なのか分からない。 #資本論 posted at 22:09:37
  • 最初のsein Wertが主語(1格)、ein bestimmtes Quantum vergegenständlichter Arbeitが4格でdarstelltの目的語であることは明らかだが、問題は真ん中のdie Summe der Arbeitslöhne #資本論 posted at 22:10:57
  • 新日本訳はこれを、その前のsein Wertと同格ととったのだが、ここでは可変資本が、賃金に対象化された労働量を表すのか、それによって動かされる生きた労働量を表すのかを論じているのだから、可変資本の価値すなわち賃金の総額と言ってしまったのでは身も蓋もない。 #資本論 posted at 22:13:17
  • 草稿を見るとso weit sein Wert = der Summe der Arbeitslöhnと書かれている(II/4.2 219.9-10)。der Summeは3格で、=は「すなわち」の意味ではなくgleich seinの意味だと解すべき。 #資本論 posted at 22:15:57
  • だからここは可変資本の価値は「賃金の総額に等しく、一定量の対象化された労働を表す」というのが草稿の趣旨。だから現行資本論の文章もdie Summe der Arbeitslöhneは1格ではなく4格で、darstelltの目的語と解すべき。 #資本論 posted at 22:18:51
  • ちなみに長谷部訳では「その価値が労賃の総額たる一定分量の対象化された労働を」、宮川訳では「その価値が労賃の総額を、対象化された労働の一定量を、表わしている」と同格に訳されている。向坂訳は新日本訳と同じく主語と同格と判断、岡崎訳は折衷的な訳になっている。 #資本論 posted at 22:22:05
  • そうか、エンゲルスが、マルクスのアメリカ語版のための指示書きをゾルゲから手に入れたのは1886年始めなんだ。勘違いしていた。 #資本論 posted at 16:25:33

それは1/13シリングか?

  • 資本論第1部第23章の注164に「1/13シリング」と出てくるが独語はeinen dreizehnten Schillingで、これは13番目の1シリングではないか。1/13ならdreizehntelになるはず。仏語版はun shilling de plusだし。 #資本論 posted at 20:57:29
  • マルクスはその前のところで1840年代の農村の週家賃を表にしている。それだと家賃は10ペンスから2シリング。それが1864年になると1/13シリング、1シリング=12ペンスだから1ペニー以下になるというのは安くなりすぎ。 #資本論 posted at 21:03:55
  • マルクスが元にした公衆衛生報告書にはa thirteenth shillingとある。また、確かにイギリスには1/13シリング貨が存在したし、マルクスたちの時代にも発行されていた。だから、これが1/13シリングなら、少なくとも仏語版で「追加の1シリング」と訳すはずがない #資本論 posted at 21:09:15
  • このように考えると、ここはやはり「13番目の1シリング」が正しいのではないか。 そう考えれば全ての矛盾は解決する。なまじ1/13シリング貨があるなんていう余計な知識があるから悪いのかもしれない。 #資本論 posted at 21:15:23
  • ちなみに、1/13シリング貨に刻まれている文字はone thirteenth of a shillingであって、a thirteenth shillingではない。 #資本論 posted at 21:19:27
  • 残る疑問は、英語なら「13番目の1シリング」をどう書くかということ。これは僕には分からないので、詳しい方に教えていただきたい。 #資本論 posted at 21:19:40
  • エンゲルス監訳の英語版でも、そこはa thirteenth shillingとなっている。英語版の脚注ではなるべく原資料を探してそれから引用することになっているが、ここは資本論の独文からの訳し直しになっている。 #資本論 posted at 21:25:55
  • その時にエンゲルスは1/13シリング貨のつもりでa thirteenth shillingと訳したのだろうか?なぜone thirteenth of a shillingと訳さなかったのだろう? これを1/13シリングと解釈すると次々疑問が出てくることになる。 #資本論 posted at 21:28:22

マルクスは『資本論』第1部の「否定の否定」のところで、「生産手段の共同所有」を「資本主義時代の成果」と言っているが、それはどういう意味か? ということを、実はマルクス自身が説明してた。

  • マルクスは、1877年の「『オテーチェストヴェンヌィエ・ザピスキ』編集部へと手紙」で、本源的蓄積について資本論を引用したあとで「資本主義的所有は、事実上すでに集団的生産様式に立脚しているので社会的所有に転化するほかない」と述べている。全集19巻116頁。 #資本論 posted at 12:00:51

エンゲルスは注記なしにマルクスのテキストを変更したのか?

  • 資本論第3部第9章、価値の生産価格への転化の計算について商品の費用価格に生産価格が入り込んだ場合にどうなるかという問題で、大村泉氏がエンゲルスの「注記なしのテクスト変更」として目の敵にしている「計算が正しく行われるに違いない」の部分(MEW 169.36-37)。 #資本論 posted at 16:17:11
  • 草稿でsich rectificiren muß.となっている箇所が現行資本論ではsich richtig stellen muß.となっている。大村氏はこれを、草稿の「計算が訂正されなければならない」を真反対の「計算が正しく行われるに違いない」に直したとする。 #資本論 posted at 16:23:26
  • しかし草稿の記述と現行資本論の記述はそんなに違うのか?独語ではrectificirenをrichtig stellenに直しただけ。「〜に違いない」と「されなければならない」はどちらもmußで同じ。問題はrectificirenで、この単語は独和辞典に出てこない。 #資本論 posted at 16:28:52
  • 大村氏も悩まれたようだが、これは英語rectifyの独語風綴り。マルクスはこういうことをよくやっている。で、英独辞典を引くと、rectifyの独訳としてrichtig stellenと出てくる。つまり同じ意味ではないのか、ということだ。 #資本論 posted at 16:31:14
  • エンゲルスは、こういうマルクスの英語風の表記をあちこちで独語本来の書き方に直している。ここもそうした書き直しの1つであって、無断でテキストを変更したというほどの違いはないと考えるべきだろう。 #資本論 posted at 16:33:23
  • むしろ現行資本論の独文が「計算は正しく行われるに違いない」で良いのかどうか。辞書的にはrichtig stellenは「正しい場所に置く」、richtigstellenなら「正す、直す、訂正する」だが、現行の独文で「計算はは訂正されるに違いない」と訳すことも可能では? #資本論 posted at 16:38:25
  • しかも「計算は訂正されるに違いない」ということは、結局のところ、費用価格に生産価格が入り込んでも、途中の計算は修正しなければならないが、最終的には総額一致命題は成り立つと言っていることになるから、「計算は正しく行われるに違いない」と大して意味は違わない。 #資本論 posted at 16:41:36
  • この問題については、すでに山なす論文がある。数学的に、費用価格に生産価格が入り込んだ場合に平均利潤率がどうなるかを検討した論文もたくさんある。結論として、その場合でも総額一致命題は成り立つという人もいるが、成り立たないという人もいる。 #資本論 posted at 16:45:28
  • 私は置塩信雄氏の説に従って総額一致命題は成立しないと考えるが、いずれにしてもそれは独自に考えるべき問題であって、少なくともエンゲルスが無断でテキストを変更したとするのは成り立たないのではないかと思うのだが、いかがだろうか。 #資本論 posted at 16:47:49
  • 回転の問題は、マルクスの意図はこう、エンゲルスの意図はこう、というほど単純明快ではない。利潤率に対する固定資本を含めた回転の影響は、資本家が実際にどう処理しているかという問題と合わせて解決する必要がある。 #資本論 posted at 09:33:50
  • rectifyは「訂正する」より「調整する」の方が意味が近いのではないか。生産価格の計算で、費用価格にすでに平均利潤が入り込んでいるばあいも、計算を調整すればなんら問題なく証明できる、というのがマルクスの考え。 #資本論 posted at 09:36:18

「価値価格」Wertpreis という言葉はマルクス自身が使っている(第3部第10章MEW S.184)。

  • 置塩信雄氏は著作の中で価値と価格のタームの違いを指摘された上で、価値通りの価格表現を「価値価格」と呼んでおられるが、実際マルクスはその意味で価値価格Wertpreisという言葉を使っている。 #資本論 posted at 15:50:11

「=」か「aber auch」か

  • 資本論第3部ヴエルケ185頁で、初版で「しかしまた」aber auchとなっていたのを草稿に従って「=」に訂正したという箇所は、「しかしまた」のままでも正しいのではないか。 #資本論 posted at 12:38:24
  • この訂正はリャザノフによるもの。労賃+利潤=商品の価値なのに「しかし」となっていることわ疑問に思ったのだろう。しかしここは生産価格の成り立ちについて説明しているところで、かりに労働者が自分の生産手段を自分で所有すると仮定した場合の話。 #資本論 posted at 12:38:36
  • その時は、一方で商品の価格は労賃+利潤で表され、他方でその価値は10時間労働が対象化された生産物価値で表される。その価格と価値は資本主義的商品の場合のように生産価格となって乖離するわけではない、という話をしているわけだから、ここが「しかしまた」でも話は十分通る。 #資本論 posted at 12:38:58
  • エンゲルスは、むしろアプリオリに商品の価値=価格であるかのような誤解を与える「=」を使わずに、それを「しかしまた」と書き換えたのではないか。リャザノフの訂正はそれを台無しにするもののように思われる。 #資本論 posted at 12:39:05

市場価値 Marktwert

  • マルクスは、個々の商品の個別的価値と区別して市場価値Marktwertなるものについて論じている。 #資本論 posted at 17:29:50
  • 市場価値Marketwertは、通常の場合には、一方では1つの部門で生産された商品の平均価値と、他方ではその部門の平均的条件のもとで生産された商品の価値とみなされるべきだ。 #資本論 posted at 10:56:52
  • 異常な組み合わせのもとでは、最悪の条件あるいは最も恵まれた条件のもとで生産された商品が市場価値を規制する。(この「異常な組み合わせ」とは何かというのは1つの研究課題) #資本論 posted at 10:59:20
  • 市場価値は市場価格の変動の中心になる。市場価格は同じ種類の商品については同じである。 #資本論 posted at 11:07:11
  • 資本論第3部第10章MEW188頁で、ある商品種類が市場で占める広がりについて「価格が変動してもこの広がりが変わらないのは、より高い価格がより少ない商品分量と、より低い価格がより大きな商品分量と同時に現われる場合だけである」という文は翻訳が間違っているのではないか。 #資本論 posted at 12:14:45
  • 1つは「同時に現われる」(岩波文庫、国民文庫)「一緒に現われる」(新日本版)と訳されているzusammenfällt。草稿を見るとcombinirt(II/4.2 254.12)つまり「結びついている」と訳すべきではないか。 #資本論 posted at 12:17:59
  • つまりここは、“より高い価格の商品が少ししかなく、大部分の商品がより低い元の価格である場合には、価格が変動しても、この商品種類が市場で占める広がりは変わらない”と言っている。邦訳各種は、ここをアベコベに翻訳しているから意味が通じない。 #資本論 posted at 12:21:07
  • この文に続けてマルクスは「最悪の諸条件で生産された商品の価値によって価格が規制されても需要が収縮しないほど需要が強い場合」には、「最悪の諸条件で生産された商品」が市場価値を規定すると言っている。これと先ほどの文とは対になっている。 #資本論 posted at 12:23:56
  • だから、先ほどの文も、wenn以下の条件節を先に訳しておかないと、意味が通じない。 #資本論 posted at 12:24:32
  • つまりここは「より高い価格がより少ない商品量と結びつき、より低い価格がより大きな商品量と結びつく場合には、価格が変動してもこの広がり〔ある商品種類が市場に占める広がり〕は変わらない」と訳すべきだろう。 #資本論 posted at 12:27:49
  • 資本論でマルクスが引用したリカードウ『経済学および課税の原理』は第3版。岩波文庫羽鳥・吉澤訳は第2版。それで大抵の邦訳は『リカードウ全集』か小泉信三訳の頁を示している。それで現在入手しやすい岩波文庫との対照表をつくってみた。 #資本論 pic.twitter.com/HXPkxzP5sg posted at 14:33:30

マルクスが想定する需要・需給関係は

  • マルクスは、資本論第3部第10章では、市場価格の形成において、売り手の間での競争の圧力を問題にしている。市場価値に見合って需要の大きさが決まり、そのもとで、売り手間の競争によって市場価格が決まる。生産物量が需要を上回っているかどうかによって、売り手間の競争は決まる。 #資本論 posted at 17:07:48
  • 要するにマルクスは、価格が下落すればどんどんと需要が拡大する、そして需要が拡大すれば資本家ば争って生産を拡大する、そんな競争関係を思い浮かべているということ。これはリカードウやマルクスの時代に相応しい想定だが、資本主義がいつの時代もそうであるとは言えない。 #資本論 posted at 17:29:09

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