資本論2題 − die Kronjuristenとは? それは1848年か?

資本論にかんする疑問を2つツイッターで呟きました。

1つは、資本論第1部第8章「労働日」に出てくるdie Kronjuristenとは何か?
もう1つは、同じく資本論題1部第8章で、「1848年の〔工場〕法」と書かれている箇所が、実は「1844年」だったというお話。

研究者の方は、こういうことにあまり関心がないようですが、後者などは、けっこう大事な問題だと思うし、前者も翻訳としては大事なところ。こういうところが適当に放置されているというのは、資本論翻訳史における「偏り」の反映だともいえます。

こっちがdie Kronjuristenにかんする呟き。この単語が登場するのは、MEW 23 S.303.12(注149の引用の直前)とS.306.21(注160の次のパラグラフ)。

  • 資本論第1部第8章「労働日」に2箇所die Kronjuristenという単語が出てくる。Kronは英Crown、Juristenは英juristということで、新日本訳では「勅選弁護士」と訳してあるが、これでは意味が通らない。 #資本論 posted at 12:03:21
  • 1箇所はMEW S.303。1844年工場法が1時間半の食事時間を定めているのを工場主たちが、就業時間前や就業時間後に1時間半の食事を許可したものだと主張したのに対して、Kronjuristenが「労働日の最中に与えられなければならない」と判断を下したというくだり。 #資本論 posted at 12:08:38
  • ここで、Kronjuristenが弁護士では意味が通じない。弁護士がそう主張しただけでは、それが法律の解釈として通用しないからだ。 #資本論 posted at 12:09:53
  • もう1箇所はMEW S.306で、工場主たちが年少者や女性を10時間以上働かせようと交代制度を利用することにたいして、工場監督官ホーナーがいくら裁判に訴えても自らも工場主である治安判事たちが認めてしまうから、訴追を諦めたという話の直前に出てくる。 #資本論 posted at 12:12:34
  • そこではKronjuristenが1848年工場法の工場主的解釈は不合理であると宣言すると述べられている。これも弁護士では、弁護士がそう宣言したからといって、それだけでは何の意味もないから、やっぱりKronjuristenが弁護士というのは翻訳として違うと思う。 #資本論 posted at 12:14:25
  • で大月書店版や岩波書店版の翻訳を見ると、ここは刑事裁判所とか刑事裁判官とか訳されている。イギリスでは、Crown Cort王室裁判所というと刑事裁判を扱った。だから、Crown juristは刑事裁判にたずさわる法律家、つまり刑事裁判官のことだ、という理屈だろう。 #資本論 posted at 12:16:38
  • しかし刑事裁判所で、1848年工場法の工場主的解釈は間違っているという判決が降りれば、治安判事たちが裁判で工場主的解釈を認める判決を下すことは不可能になるはず。だから、このKronjuristenを刑事裁判官、刑事裁判所と訳すのも違っているように思う。 #資本論 posted at 12:19:50
  • では、Kronjuristensとは一体何か? そこで、これらの箇所でマルクスが叙述の基礎にした『工場監督官報告書』を読んでみた。すると2箇所とも、the law officers of the Crownと出てくる。これをマルクスはKronjuristenと独訳した #資本論 posted at 12:23:29
  • ではthe law officers of the Crownとは何か?いろいろ調べたら、ランダムハウスにlaw officerで「法務官」「(英)法務長官[次官]」とあって「また、the law officer of the Crown」と出てきた。 #資本論 posted at 12:27:30
  • イギリスの「法務長官」というのがまたややこしいのだが、要するに、日本で言えば法務大臣と検事総長と法制局長官を兼ねたような役職。法律の有権解釈を示す立場にあるが、しかし、あくまで行政官であって、司法官ではない。しかし、そうだとすると、資本論の論述ともピタリあう。 #資本論 posted at 12:31:39
  • (正確にいえば、イングランド・ウェールズについては検事総長は、法務長官とは別にいるようだ。しかしスコットランドでは法務長官が起訴できるようで、こういうところがイギリスの法律制度のややこしいところ) posted at 12:33:27
  • ということで、私は、これら2箇所のdie Kronjuristenは「王室法務官たち」とでも訳すのが一番だと思うのだが、はたしてそれでよいかどうか。イギリス法制史にお詳しい方のご意見をぜひ伺いたい。 #資本論 posted at 12:37:28

【追記】その後調べたところでは、「勅選弁護士」はもともとは「国王の代理人」として訴追したりする立場にあったわけで、決して単なる弁護士ではありません。また、法務長官 Attorney General は「勅選代訴人」の長であって、勅選弁護士の最高位にたったわけです。しかし、「勅選弁護士」は King’s Counsel(あるいはQueen’s Counsel)の邦訳として用いられており、やっぱりthe law officers of the Crownの訳としては相応しくありません。いろいろ考えましたが、単純に「勅選弁護人たち」の代わりに「法務長官ら」と訳しておくのが一番合っているように思います。
 工場監督官報告書を読んでも、監督官たちが、工場法の規定の解釈について「法務長官ら」に問い合わせて、こうこうこういう解釈だという答弁を引き出した、というような話が書かれていて、それが、マルクスが言及した文脈とも一番合うように思います。

工場監督官報告書の該当部分はこちら(PDFファイルからのコピー)
S.303関連個所↓

工場監督官報告書(1848年10月31日)130ページ
工場監督官報告書(1848年10月31日)130ページ

S.306関連個所はこちら↓

工場監督官報告書(1849年4月30日)5ページ
工場監督官報告書(1849年4月30日)5ページ

で、こっちが1848年か1844年かという話について呟いた分。

  • さらに、もう1つの問題。先程のKronjuristenが出てくる2箇所目のところ、1848年の工場法と出てくるのだが、MEGAではここは1844年に直っている。1844年といえば1844年6月の追加工場法のことになる。さてどっちが正しいのか? #資本論 posted at 12:41:19
  • 調べてみると、資本論初版では1844年だった。それが第2版で1848年になり、以後、第3版、第4版も1848年のまま。しかし仏語版は1844年になっている。MEGAは各版ともに1844年になっていて、したがって第2版、第3版、第4版は訂正一覧に訂正が記載されている。 #資本論 posted at 12:44:17
  • MEGAは恐らく、初版の1844年が正しく、第2版では1848年と誤植したが、仏語版でマルクスは正しい1844年に戻した、しかしエンゲルスはそれに気づかず第3版以降も1848年のままになったと判断したのだろう。 #資本論 posted at 12:46:15
  • 問題の箇所はリレー制度について論じたところ。1844年追加工場法はリレー制度にかんして「児童・年少者の労働時間は、だれかある児童・年少者が工場で仕事し始めた時間から数える」と規定した。 #資本論 posted at 12:57:31
  • そのあと1847年に新工場法が成立し、年少者・女性の労働時間を当面11時間、1848年5月1日以降は10時間に制限した。しかしその他の点は1833年法と1844年法が有効だった。マルクスはそういう中での資本家の抵抗とそれにたいする工場監督官たちの奮闘ぶりを書いている。 #資本論 posted at 13:00:38
  • だから、当該箇所は1844年であっても何の問題はない。というかリレー制度については、1848年新工場法は何も定めていないのだから、1848年の法の工場主的解釈云々という話は成り立たないことになる。だから、ここは1844年が正しいというMEGAの解釈は正解だと思う。 #資本論 posted at 13:02:38
  • しかしMEGA以前には、そのことはだれも指摘していない。江夏さんの仏語版資本論の翻訳は、当然、1844年になっているが、その江夏さんでさえ初版資本論の翻訳では、この箇所を1848年としている。 #資本論 posted at 13:03:55
  • カウツキーにせよアドラツキーにせよ、あれだけ細かい校閲的注釈を加えているのに、この点については何の指摘もなく、ずっと1848年になっていた。MEWも同じ。したがって邦訳でも、ここはずっと1848年だと思われて、疑われることもなかった。 #資本論 posted at 13:05:36
  • こういう資本論翻訳の「穴」のようなところは、まだまだたくさんあるのではないだろうか。「理論」や「解釈」にかかわるようなところは、徹底的に詮索されるが、こういう点はやすやすと見逃されてきたのが研究の実態。 #資本論 posted at 13:06:54

資本論初版(横浜国立大学蔵)の該当箇所。des Akts von 1844と書かれている。

『資本論』初版266ページ
『資本論』初版266ページ

【補足】厳密にいえば、1848年工場法というのは存在しない。1848年から年少者・女性について10時間労働が実施されたが、それは1847年6月8日の新工場法によるもの。したがって、「1848年」は誤植ということができる。
また、この箇所については、インタナショナルパブリッシャー社の英訳版Marx-Engels-Collected Works vol.35では、すでに1844年に訂正されている(p.294の21行目)。

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投稿者:

GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

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