古墳時代の前までは日本の親族は双系だった

田中良之『骨が語る古代の家族』(吉川弘文館)
田中良之『骨が語る古代の家族』(吉川弘文館)

人の「歯」を使って、縄文時代、弥生時代、古墳時代の墓に埋葬された人骨の血縁関係を調べた本。

歯冠の形には高い遺伝性があるそうで、それを使って、1つの墓、墳墓、あるいは集団墓に埋葬されている人たちの血縁関係を調べるというものです。その結果、明らかになった結論は、

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関口裕子『日本古代家族史の研究』(途中経過)

関口裕子さんの『日本古代家族史の研究』、ようやく上巻の390ページあたりまで来ました。ようやく全体の3分の1を超えたあたりでしょうか。

少しずつ関口さんの考えていたことが見えてきました。

1つは、古代の家族が家父長制かどうかという議論以前の問題として、そもそも古代において「家族」が成立していたのかどうか、ということ。関口さんの考えだと、当時の婚姻形態は対偶婚なので、「家族」も共同生活が続く限りでしか存続しない。したがって、家族が「所有」や「経営」の主体になるということはありえない。そういうことになります。

なぜ班田収授法で、男女ともに、個人を単位として班田が給付されたのか? もし、永続的な家族が成立しているとしたら、仮に妻や娘が死んだからといって、班田が取り上げられるということがありうるのか? むしろ、そういう「家族」が成立していなかったからこそ、個人単位の給付になったのではないか?

関口さんは、実証的な論拠をたくさんあげておられますが、根本的には、上のような考え方があるのではないかと思います。従って、当然、当時の「戸籍」にのせられた郷戸は「作られたもの」ということになります。

また、家族を単位とした「所有」が成立していないから、当時の所有のあり方は、基本的に、用益している限りでの占有、ということになる、ということです。そういう点で、高群逸枝氏の研究とのつながりや、河音能平氏の『中世封建制成立史論』や戸田芳実氏の『日本領主制成立史の研究』などの参照が求められていることなどを興味深く感じています。
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関口裕子『日本古代家族史の研究』

こないだから、関口裕子さんの『日本古代家族史の研究』(上下、塙書房、2004年2月刊)を読んでいます。上下合わせて1000ページ超、上下各12000円の分厚い学術書です。

ようやく上巻の140ページほど読んだだけで、まだ全貌どころかその片鱗をうかがうところにさえ至っていません。戦前、戦後の家族史・共同体史(論)を研究史的に検討した序論部分なのですが、研究史批判の基礎となる実証的部分は、その後の部分に出てくるので、なかなか関口さんの積極的な論の展開がみえないままで、苦労しています。(^^;)

ところで、

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