今日の朝日新聞の夕刊に、作家の陳舜臣氏が面白いことを書いています(「六甲随筆」)。曰く、
――日本でも使用された『儀鳳暦』の撰者であった李淳風(602?670)にかこつけられた『六曜』(大安、友引、仏滅など)は、本場の中国では散々な不評だった。
――江戸時代、幕府の天文方がつくり、京都で注を施し、発行された正式な暦には「大安、友引などの六曜は記入されていない」。そして、「民間の暦の出版は厳禁されていた」。
――だから、江戸時代の庶民は、大安や仏滅は知らなかったはずである。
では、いつ広まったのかといえば、明治時代になって暦の出版が自由になってからだというのです。大安や仏滅、友引は、「昔からの伝統」と思われていますが、実は意外と歴史が浅かったんですね。驚きました。