「読売」の社説。2004年の回顧と題して、「テロとの長い戦い」を取り上げていますが、その中で、スペインがテロ事件をきっかけに、フィリピンが人質事件をきっかけに、イラク派遣軍部隊を撤退させたことを取り上げて、「テロに屈した」「国際社会の批判を招いた」と論難しています。
しかし、フィリピンやスペインが軍を撤退させて、その後、ますますテロの標的になったりしたでしょうか? テロの激化を招いているのは、アメリカの武力占領ではないのでしょうか? イタリアや日本は人質をとっての撤退要求を拒絶しましたが、はたして、それで「テロリスト」はテロを諦めたでしょうか?
「国際社会の批判を招いた」というと、なにか重大なようですが、アメリカやイギリス、それにフィリピンを非難したオーストラリアを除いて、スペインやフィリピンを批判した国があったでしょうか? そういう基本的な事実関係の検証ぬきに、「テロに屈した」などという決まり文句を振り回すのは、言論による一種の“脅し”ともいえるもの。「読売」が、もし、まだジャーナリズムであるならば、せめてスペインやフィリピンの選択によってテロを激化させたのか、まずその検証からスタートすべきでしょう。
[04回顧 世界]長い戦いが続く「イラク」「テロ」(読売・社説)
[04回顧 世界]長い戦いが続く「イラク」「テロ」(読売・社説)
2004年は、依然として出口の見えないイラク情勢と、各地で頻発したテロ事件が、暗い影を落とした年であったと記憶されるのだろう。
読者が選んだ本紙の「海外10大ニュース」を見ると、「イラク」と「テロ」の2つが、時には重なり合いながら重苦しい枠組みを形作る国際情勢の姿が映し出される。
「イラクで外国人拉致相次ぐ」(7位)もその1つだ。犯行グループは、外国人と見れば国籍を問わず、拉致し、殺害した。その中で、邦人も標的となった。【相次いだ拉致と撤退要求】
4月、武装勢力に相次いで拉致された2件、計5人の邦人は、無事解放されたものの、10月、単独でイラク入りした香田証生さんは、拉致後に殺害された。
香田さんら、殺害された犠牲者の多くは、ザルカウィ容疑者らが率いる国際テロ組織によって拉致された、と専門家は見る。これらの組織は、イラクに駐留する部隊の撤退などを求め、要求が受け入れられないと、人質の首を切り落とす残忍さで、イラク再建に取り組む国際社会の揺さぶりを狙った。
そうした状況下、フィリピン政府が人質解放と引き換えに撤退に応じてテロに屈した格好になり、国際社会の批判を招いた。
逆に、同様の求めに対し日本政府は、自衛隊の撤退要求を拒否した。当然のことで、人質事件とイラク政策を峻別(しゅんべつ)する姿勢は堅持していく必要がある。
イラク関連では、「イラクで米軍死者1000人突破」(11位)以下、15位までを占め、イラク問題は、大きな関心の対象だった。米軍死者は、その後も増え続け、今月には1300人を超えた。イラク情勢が好転している兆しがなかなか見えてこないことを物語る数字である。【国際社会に広がる不安】
イラク民主化にとって重要な節目である国民議会選挙まで、あと1か月余りとなった今、治安改善が急務だ。
テロは、イラク以外の各地でも吹き荒れた。目立ったのは、ロシア国内で頻発したテロである。
「露・北オセチヤ学校占拠事件」(3位)は、世界中の目を釘(くぎ)付けにした。新学期を迎えた学校を狙い撃ちにし、生徒や父母、学校関係者を人質にする卑劣な手口だった。さらに、「モスクワで地下鉄爆破テロ」(10位)、「爆破テロで露2機墜落」(25位)と続く。
いずれの事件の背後にも、チェチェン武装勢力の影がちらついた。
プーチン露政権は、武装勢力を「テロリスト」と一括(くく)りにし、軍事力を行使して掃討作戦を展開してきた。確かに、テロ行為は、許容できるものではない。ただ、一連の事件は、政権の強硬一点張りのチェチェン政策が、奏功していないことを示してはいないか。
約190人が死亡した「スペインで列車爆破テロ」(6位)は、スペイン国内のみならず、国際社会にとって深刻な副産物を残す結果となった。
事件の影響もあってか、スペイン総選挙で、与党・国民党が敗北した。国民党は、イラク戦争で米国を支持し、イラクに部隊を派遣していた。しかし、政権を奪取した社会労働党政権は、イラクからの部隊撤退を決めた。
スペイン軍撤退は、同党の選挙公約ではあった。その意味で、フィリピン政府の撤退決定と事情は異なるが、結果的にテロリストを利することになったのは間違いなく、国際社会に懸念を生んだ。
「NY(ニューヨーク市場)原油が史上最高値を更新」(9位)した。
中国などにおける需要の伸びが一向に収まる気配を見せていないことが、原油高騰の最大原因である。ただ一方で、サウジアラビアなど産油国で起きたテロ事件が、関係者の間に、将来の供給不安をかき立てたことも見逃せない。【厳戒態勢のアテネ五輪】
「北朝鮮で貨物列車爆発」(8位)事件が起きた。一時は、金正日体制に反対する勢力の仕業か、との観測も流れた。日本人拉致問題で、「知らぬ存ぜぬ」どころか、インチキを指摘されると居丈高に反発する迷惑な隣国である。これからも注視する必要がある。
読者が選んだ今年のトップ・ニュースは、「アテネで108年ぶりに五輪開催」だった。五輪発祥の地にスポーツの祭典が戻ったことは、人々の歴史的郷愁を呼び覚ますに十分だったのだろう。
ただ、2004年アテネ五輪は、史上最大の厳戒態勢の中で行われた五輪として、歴史に名を刻んだのではないか。投じられた警備費は1480億円にのぼり、北大西洋条約機構(NATO)軍まで、警戒にあたった。
「鳥インフルエンザで死者相次ぐ」が5位に入った。蔓延(まんえん)すれば、変異の可能性が増し、人から人への感染性を持つようになる恐れも高まる。他人事ではない、という読者の気持ちが読みとれる。
新しい年、どんな挑戦が世界を待ち受けているか。国際社会には、新たな知恵と、それを実現させるための果敢な行動力が求められている。 (2004/12/27/02:06 読売新聞)