永原慶二先生の『下克上の時代』(中公版「日本の歴史」第10巻)を久しぶりに読みました。親本は1965年刊で、僕自身は、多分(←記憶あいまい)大学に入ってすぐの頃に旧文庫版で読んだと思います。この度、新しく版を起こして、文庫で再刊されました。
その後、永原先生は、いわゆる一般向け通史としては、1975年に小学館版「日本の歴史」第14巻『戦国の動乱』を、1988年に同じく小学館の「大系 日本の歴史」第6巻『内乱と民衆の世紀』を執筆されています。前者は、その後、大幅に加筆・修正し、『戦国時代 16世紀、日本はどう変わったのか』と改題の上、2000年に小学館ライブラリーに上下2冊で収められました。後者は、90年代に「大系 日本歴史」全体が同じく小学館ライブラリーのシリーズとして再刊。どちらも現在入手可能です。
いずれも、日本史上希有な“激動の時代”を対象としているとはいえ、少しずつ時代が違っています。「下克上の時代」は、1416年の関東における上杉禅秀の乱から1485年の山城国一揆、1487年の加賀一向一揆までを対象にしています。「戦国の動乱」は、戦国時代が対象ですので、当然時代は下って、1491年の北条早雲の韮山入りから、1590年の秀吉の小田原攻めまでを扱っています。それにたいし、「内乱と民衆の世紀」は、1333年の建武政権の樹立から1467年の応仁の乱勃発までを対象としているので、この3冊の中では最も時代を遡ることになります。
このほか、1967年には日本評論社の「体系・日本歴史」(全6巻)の第3巻『大名領国制』も書かれています。これは、古代史から現代までを全6冊であつかったうちの1冊なので、当然対象とする年代も幅広く、1333年の鎌倉幕府滅亡から1598年の秀吉病没までの260年あまりになっています。また、「大名領国制」というタイトルに見られるように、いわゆる室町時代の守護大名と、戦国時代の戦国大名を「大名領国制」という体制概念で統一的に捉えようという、やや理論的な展開となっています(僕が初めて読んだ永原先生の本はこれ)。
で、「下克上の時代」ですが、目次を見ると、始まりこそ「東国の動乱」「将軍殺害」と政治史的?な見出しが並んでいますが、途中からは「自検断の村々」「有徳人の活躍」などの見出しが並び、土一揆、国一揆の様子も、当時の記録を紹介しながら、80年代に「社会史」で取り上げられたようなテーマや“素材”がしっかりと取り上げられていることに驚かされます。永原先生自身は、再刊にあたっての「解説」のなかで、「本書を執筆した頃にくらべて、日本の中世史研究では社会史研究が大きな成果をあげ、中世史像を大きく旋回させた」「今日の時点から見れば本書の不十分さは歴然としている」と書かれていますが、むしろ、すでにこの段階で、マルク・ブロックの『フランス農村史の基本的性格』などを踏まえて、社会史的テーマをしっかり通史のなかに位置づけて、みずからのものにして歴史叙述を進められていたことに、驚きました。また、苧麻や木綿の話も登場していて、先生の最後の著書『苧麻・絹・木綿の社会史』につらなる問題意識は、このとき始まっていたんだなぁと、つくづく感心しました。
前述のとおり、本書「下克上の時代」は、再刊にあたっての、先生ご自身が「解説」を書かれています。おそらく、先生の最後の論文の一つになるのだろうと思います。この解説を読むだけでも、本書を手に取る値打ちはあると思いました。
【書誌情報】著者:永原慶二/書名:日本の歴史<10>下克上の時代/出版社:中央公論新社/出版年:2005年/定価:本体1238円+税/ISBN47-12-200495-2