原作ウィリアム・シェイクスピアの、言わずと知れた「ヴェニスの商人」ですが、マイケル・ラドフォード監督にかかると、こんなになるのか!と唸らされる作品です。(今年23本目)
ベニスの商人アントーニオ(ジェレミー・アイアンズ)は、親友のバッサーニオ(ジョセフ・ファインズ)が求婚するために金を貸すことにするが、あいにく彼の全財産は船の上。やむをえず、商売敵のユダヤ人シャイロック(アル・パチーノ)に頼むことに。シャイロックは、もし期限までに金を返せなければ保証人アントーニオの肉1ポンドをもらうという証文と引き替えに、金を貸すことを認めた。バッサーニオは、その金で、見事、金持ちの貴族の娘ポーシャ(リン・コリンズ)との結婚を果たすが、アントーニオの船が難破し、借金が返せなくなる。日頃、アントーニオから「ユダヤ人」「異教徒」と蔑まれていたシャイロックは、証文どおり、アントーニオの肉1ポンドを要求し、裁判に訴える……。
ヴェニスは商業でなりたっている都市であり、何よりも契約を守ることが「正義」とされていた。それゆえ、期限までに金を返せなかったのだから肉1ポンドを寄こせというシャイロックの訴えを、頭から退けることができない。誰もが、シャイロックの勝ち、アントーニオはこれでお終いだと思ったとき、ポーシャ扮する若い法学博士が見事な裁きを申し渡し、アントーニオが救われることはあまりにも有名。
しかし、そう単純にいかないところが、この映画のすごいところ。(以下、ネタばれあり…っていても、筋はもともと誰もが知っていることなのですが)
映画では、冒頭から、16世紀当時のヴェニスで、ユダヤ人がどんな差別、仕打ちを受けていたかが克明に描かれます。ゲットーに追いやられ、外出するときは赤い帽子を義務づけられ、「異教徒」と罵られ、唾を吐きかけられたり水路に投げ込まれたり…。シャイロックも、日頃、アントーニオに屈辱を味わわされていました。他方で、落ちぶれた貴族のバッサーニオが、親友の肉をかたに借りたのは、貴族の娘に求婚するための資金。その退廃と享楽ぶりが対照的に描かれます。
圧巻は、なんとかアントーニオを許してやれというアントーニオの仲間に向かって、シャイロックが、アントーニオの肉を絶対に手に入れてみせるという場面。ユダヤ人に血が流れてないと思うのか、侮辱されて悔しいと思わないというのか、と訴える姿は、長年の差別への怒りを爆発させたかのようです。もともと背の低いアル・パチーノが、差別の重圧に耐えかねるように身をかがめて、このシャイロックの屈折した心理を見事に演じています。
もう1つ、あっけにとられたのは、裁判の結末。アントーニオの肉1ポンドはお前のもの、しかし証文に書かれていない以上、血は一滴たりとも流してはいかん、肉も1ポンドかっきりでなければいけない、少しでも重かったり軽かったりしてはダメだと言われるのはよく知られていますが、さらに、シャイロックは、いわれなくヴェニス市民を殺そうとしたとして、財産の半分は被害者アントーニオへ、残り半分は没収と申し渡されます。土地をもつことを禁じられていたユダヤ人にとって、財産の没収は、生きていく術を取り上げられることを意味します。結局、シャイロックは、元金も取り戻せず、財産を没収され、しかもキリスト教への改宗を命じられるのです。
がっくりと跪き、小さくなり、裁判長に「気分が悪くなったので、自宅に帰らせてほしい」というシャイロック。ユダヤ教徒の世界から締め出され、広場に取り残された姿は、彼こそが、被害者であり、最も虐げられた者であるかのようでした。
ところで、この話には、もう1つ、面白いエピソードが盛り込まれています。それは、「指輪」の物語。シャイロックの娘が、駆け落ちするときに、持ち出し、猿と交換したのも「指輪」なら、ポーシャが夫となったバッサーニオに、「なくしたり、人に譲ったりしない」と誓わせたのも「指輪」。結局、契約や誓約がどんなに大切なことか、というのがこの映画のテーマなのかも知れません。
それにしても、バッサーニオ役のジョセフ・フィアンズはペナルティのワッキーみたいだし、ポーシャ役のリン・コリンズの、とくに若い法学博士に扮した姿は鈴木紗理奈。アントーニオ役のジェレミー・アイアンズは寺尾聰みたい…ということで、ちょっと笑ってしまいそうになりました。(^_^;)
【作品情報】監督・脚本:マイケル・ラドフォード/出演:アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジョセフ・ファインズ、リン・コリンズ/2004年、米、伊、ルクセンブルク、英