菊池英博『増税が日本を破壊する』

菊池英博『増税が日本を破壊する』

 書店でたまたま見かけたので買ってみたのですが、これがなかなか面白い。ぜひとも財政学の専門家の意見を聞いてみたいと思いました。

 著者の主張は、第1に、「日本は財政危機ではない」ということ。つまり、日本の政府の長期債務は国・地方あわせて795兆円あると言われるが、実はこれは「粗債務」。ところが、政府は480兆円の金融資産を持っているから、純債務は315兆円で、対GDP比(債務の国民負担率)は実質60%程度。この水準はユーロやドイツ並みで、日本だけがとびきり財政赤字が大きいわけではない。
 第2に、毎年財政赤字を続けるアメリカでも、政府の純債務は増加している。しかし、名目GDPが増えているから、債務の国民負担率は低下している。ところが、日本は、デフレで名目GDPがマイナスになっている。そのために、債務の国民負担率が大幅に増えたのである。
 第3に、したがって、債務の国民負担率を減らすためには、積極財政をとってデフレからの脱却をはかるべきである。それにもかかわらず、小泉首相は「構造改革」と称して、緊縮財政・増税路線をすすめている。その結果、デフレが深刻化し、国民経済は縮小、税収は落ち込み、結局、財政赤字はさらに拡大。名目GDPの減少と相まって、債務の国民負担率を大きくしている。

 小泉首相の「構造改革」路線が国民経済を冷え込ませ、デフレを深刻化しているという指摘は、その通りだと思います。それに、巨額の外為資金がアメリカの国債購入にあてられていることや、これだけ財政赤字がありながら、貿易収支では日本は巨大な黒字となっていることなど、いったいどう考えたらいいんだろうと思っていたので、政府の債務は「粗債務」ではなく「純債務」で考えるべきだという指摘は、なかなか興味深いものがあります。

 粗債務か純債務かという問題や、政府の金融資産である外為資金(これは実際には、大部分は米国債を買う形で米銀に預けられている)を担保にして日本国内で国債を発行するみたいなことが可能かどうかは、ぜひ専門の方のご意見を聞いてみたいものです。

 また、著者が主張するとおり、デフレ脱却のためには公共投資による需要喚起が必要だとは思うのですが、だからといって、従来型の道路や大型開発といった公共事業でよいとは思えないので、いったいどういう分野で、そうした需要喚起となる公共投資が可能か、研究が必要でしょう。

 いよいよ小泉政権は、増税路線に踏み込もうとしています。すでに来年度からの2兆円増税は決定。08年度からは消費税増税も実施されようとしています。それだけに、増税で経済を冷え込ませると、結果として、GDPを小さくし、赤字企業や失業者を増やし、税収を落ち込ませるという指摘は重要です。その典型は、1997年の橋本内閣の9兆円国民負担増でした。それで、小渕内閣が財政再建路線を一時的に棚上げして、積極財政に転換すると、景気は上向き、同時に税収も増えたことが紹介されています。消費税は1%で税収約2.5兆円と言われていますが、著者は、消費税を10%引き上げると、25兆円の増税になるが、景気が悪化し、国民消費が減った分税収も5兆円減り、結果として20兆円しか増収にならないという計算を紹介しています。

 それにしても、700兆円以上の借金がある以上、増税はやむを得ない、福祉や年金の切り下げも仕方ない、と思っている方々には、ぜひ一読を薦めたいと思います。

関連サイト:
森田実の時代を斬る
ダイヤモンド社のホームページでの同書の紹介記事

【書誌情報】書名:増税が日本を破壊する――本当は「財政危機ではない」これだけの理由/著者:菊池英博/出版社:ダイヤモンド社/出版年:2005年12月/定価:本体1600円+税/ISBN4-478-23138-9

菊池英博『増税が日本を破壊する』」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: さぁ みんなで読んでみよう

  2. 初めまして、

    不躾ながら、景気回復については、下記の考えをもっております。

    公的年金の清算 による一大経済活性化 2003/02/25
    http://homepage1.nifty.com/kikugawa_koubo/tani07.htm#seisan

    公的年金の清算 による一大経済活性化(2) 2003/10/20
    http://homepage1.nifty.com/kikugawa_koubo/tani08.htm#seisan2

    それから公共投資については次のように考えております(ただ、これは公共投資を目的として論じたものではありませんが)

    里創計画 2000/09/22
    http://homepage1.nifty.com/kikugawa_koubo/riso.htm

  3. TBありがとうございます。
    今回頂いたTBは私には難しすぎるのでスルーさせていただこうと思いましたが、何となく調べてみました。森田実さんは大絶賛のようです。
    http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C02302.HTML

    他にポイントを突かれているなって思うブログが
    国家破綻研究ブログ
    http://gijutsu.exblog.jp/2197051/

    私は経済学は苦手なので、会計的な見方で考えてみました。財務省や日銀などのHPを調べて企業会計で言う貸借対照表、資産と負債、資本のバランスシートはないので、資産内容がわからないのですが、私の推測する国の資産は、外貨準備や外国債など、投機目的でなく政策上どうしても必要であり、アメリカの要求など諸事情により取り崩せないもの、財政投融資などの固定的な政策上の貸付金勘定などが主であると考えられます。財政には企業会計にいうような決済資金や債権をもつ必要がなく、だからバランスシートが存在しないと思うのですが、残念ですが、私は菊池英博さんの政府資産は不良債権程度に考えるほうが正しい気がします。国家破綻研究ブログさんが書かれていた「国民に対する徴税権」、企業会計的に言えば将来の収入に対する権利があるくらいのものかもしれません。それがあるから、国債を発行できる。国家は当たり前ですが非営利団体なので、利益という概念はありません。だから、将来、収益を上げるであろう資産を持つことはないと思います。政府が持つ資産はあくまで政策上不可欠な取り崩せないものであって、差引計算によって債務超過額だけが問題とするのは、同じ反小泉の方の批評はできるだけ避けたいのが本音なのですが、やっぱり無理があると思います。先の徴税の権利行使は増税にほかなりません。増税の権利が国債の担保じゃないでしょうか。

    しかしながら、GAKUさまが書かれたとおり「著者が主張するとおり、デフレ脱却のためには公共投資による需要喚起が必要だとは思うのですが、だからといって、従来型の道路や大型開発といった公共事業でよいとは思えないので、いったいどういう分野で、そうした需要喚起となる公共投資が可能か、研究が必要でしょう。」がポイントだと思います。従来型が悪いというのは、不正の温床になったからではないでしょうか。国民にとって不必要な公共投資を行ってまでさまざまな不正が行われたことが問題なのであって、田舎にはまだまだ都会レベルの渋滞だらけの交通量でも歩道が整備されていない幹線道路はたくさんあります。
    公共投資は港湾を中心に行われてきたように思いますが、需要喚起となる公共投資はいっぱいあると思います。基本はネットワークの整備と安全。道路網などはそうですね。今の時代のネットワークはやっぱりITじゃないでしょうか。そのITにおいて最大の問題が安全。ネットの販売網は拡大し続けていますが、昨今のさまざまな事件からクレジット決済、なんか怖いですよね。せっかくの購買意欲が落ちちゃいます。また、さまざまに行われている不正をただすこと。切捨ての改革ではなく、未来に不正が行われないシステム作り、教育が安心社会の根本だと私は思います。たとえば、市場原理に任せた?入札制度は一見、よい制度に思いますが、実際には過当な価格競争を呼び起こします。その結果、談合や手抜き工事などの温床になってきたように思います。公による安全対策や不正が行われないシステム作りがなによりの未来に向かって続く需要喚起、国債を発行してでも行うべき公共投資じゃないかと私は思います。

    長文失礼いたしました。このコメントはあまりよくないなと思われたらご遠慮なく削除してください。

  4. >レッツらさん、こんばんは。
     長???いコメント、ありがとうございます。(^^;)

     基本的な事実関係で誤解があるみたいなので、それだけ書いておきます。粗債務からさっ引く政府の金融資産の大部分が「財政投融資の貸付金」で大部分は不良債権化しているという指摘は事実誤認です。金融資産480兆円の内訳は、社会保障基金254兆円、内外投融資136兆円、外貨準備90兆円などです。内外投融資全部が不良債権化していたとしても、まだ340兆円以上金融資産は残る計算です。
     それに純債務の対GDP比を国際比較する場合、諸外国についても、内外投融資の残高が政府の金融資産として算入される訳です。そこには、当然、ダムだとか橋だとか、売りようのない資産も入るでしょう。そう考えれば、特別日本だけが内外投融資を算入するのはおかしいという理由は成り立たないのではないでしょうか。

     外貨準備は、もちろん一定額必ず必要です。しかし、いまの日本の外貨保有は明らかに過剰です。大部分、米国債を買うという形で、米銀に囲い込まれています。米政府が赤字を出し続けるのを、日本政府が外為でドルを買い、そのドルで米国債を買っているからです。なぜ、財政赤字に苦しむ日本が、米国債を買いまくって、アメリカの財政赤字の穴埋めをしてやらないといけないのか? アメリカべったりの小泉さんには考えも及びつかないような問題でしょうが、純粋に経済的にいえば、米国債を買い続ける理由はなにもないのです。
     しかも、1999年までは、日本政府(財務省)がドル買いをする場合の資金は、政府短期証券を日銀が引き受けて調達していたのですが、1999年10月以降は、その政府短期証券を市場に売り出し、一般金融機関がこれを購入するようになりました。その結果、民間資金が外為資金という形をとって米国債に化けて、米銀に流出しているのです。「民間に資金を回せば景気がよくなる」というのであれば、まずこれをやめるべきでしょう。

     よく「米国債を売ればドルが暴落するから、実際には売れない」と言われます。まあ、現実にはそうなんでしょうが、だとしたら、日本政府のドル買い支えこそが「最大の不良債権」ということになります。それなら、そういう米国債を買い続ける政府の責任を問題にすべきでしょう。
     菊池氏も、米国債を売れとは言っていません。米国債を担保にして、日本政府が国債を売り出せばよいと言うのです。

     そもそも、日本の場合、国債の大部分は日本国内で保有されています。外債であれば、債務がふくらめば、国家的破産の危険性が高まりますが、国内で保有されている限り、国家的破産は問題になりません。1つの家族の中で、お父ちゃんが「小遣いが足りない」といってお母ちゃんに借金をしても、その家庭が借金まみれになって破産することがないのと同じです。
     だから、純債務で考えたときに、日本の国民負担率がヨーロッパ並みだとしたら、「財政危機だから仕方がない」という議論をやめてみるところから、日本経済立て直しの方策を考えたらどうか、というのが、菊池氏の問題提起だと思います。(前にも書いたように、その立て直しの方策についていえば、僕は菊池氏の主張に全面賛成している訳でないことは、ご承知の通りです)

     ということで、結論から言えば、この本はけっしてそんな難しい内容ではありません。ぜひご一読をお薦めします。

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