教育評論家の尾木直樹さんの新刊『思春期の危機をどう見るか』(岩波新書)について。教育問題についていろいろ論じられていますが、インターネットの普及が思春期の子どもたちの人格形成にどういう影響を与えるのか、本格的に研究する必要があると強調されているので、そのことに限って、紹介しておきたいと思います。
尾木さんは、「思春期の危機がなぜ深刻化するのか」「成長への条件を奪われる現代の思春期」と論を進めたうえで、「時代を生きる力――新たな2つの課題」の1つとして、「ネット教育の確立」が急がれると提起しています。
メールやネットの問題には2つの側面があると氏は指摘。1つは、出会い系サイトやフィッシング、振り込め詐欺、ネットオークションなどに絡む直接的なトラブルで、子どもたちがその被害者・加害者にならないようにするという課題。もう1つは、「メールやネットに遺存することによって、子どもたちの成長にどのような影響を与えているのか」という問題です(131ページ)。
すなわち、「いつもケータイを肌身離さず持ち歩き、入浴時も食事中もケータイ片手にメールを打ったり、学校で直接、顔を会わせていても、メールでのやりとりの方が本音の自分を出しやすかったり、送信してもすぐに返事が来ないと、友情が薄れたのかと不安に襲われたりする」のは、軽度の「依存症」だといいます(132ページ)。人格形成期の子どもたちが、このようなネットやメールの世界の方こそを自分の「居場所」だと感じる――こういう状況が一般化していっているのではないか? そういうときに、人格形成にどのような「歪み」(これは僕の言葉。「歪み」という表現には、「正常な人格形成」というものを前提にするという価値規範的なニュアンスが伴うとして嫌う向きもありますが、僕は、やっぱり「歪み」であるとして論じることが必要だと思っています)が生まれるのか? もはや、一般論、感覚論的な議論でお茶を濁している状況ではない。これが、尾木さんの主張だと思いました。
具体的には、尾木さんは、ネット教育のポイントとして次のような点を上げています。
- 少なくとも小・中学校段階では、子どもだけで、ホームページを開設させないこと。
- フィルタリング(子どもたちが有害サイトへアクセスできないようにする制限するシステム)を徹底すること。
- ネットやメールを利用する時間(帯)制限をもうけること。
- 親もパソコンの初歩的スキルを獲得すること。
- パスワードやIDは友だちにもけっして教えないことを徹底すること。
- 学級会や自動・生徒会活動として、メールやインターネットの問題に関して考えあう企画を、子どもたち自身に立ち上げさせること。
- 「迷惑メール」対策。
- インターネットが思春期発達のおよぼす影響を早期に解明すること。
まあ、おおむね妥当な指摘だと思うのですが、いちばん議論を呼ぶのは、2点目のフィルタリングの徹底でしょう。親が自分でフィルタリング・ソフトをインストールして個々にフィルタリングをおこなうという方法もありますが、プロバイダー側によるフィルタリング、あるいはレイティングの導入によるコンテンツの格付け導入など、社会的な規制も必要ではないかという提起です。もちろん、尾木さんは、単純に政府による規制を主張しているわけではありません。しかし、「表現の自由」を理由に、あらゆる規制やフィルタリングに反対するという議論には異論を提起されています。このあたりが、インターネットとの関わりでいちばん議論を呼ぶ点だろうと思います。
僕自身は、基本的に尾木さんの考え方に賛成。もう少し言えば、子どもに専用のパソコンを持たせるべきではないと思うし、インターネットは居間で(つまり親の居るところで)使わせるべきだと思っています。
【書誌情報】著者:尾木直樹/書名:思春期の危機をどう見るか/出版社:岩波書店(岩波新書 新赤版998)/出版年:2006年3月/定価:780円+税/ISBN4-00-430998-0