先週土曜日の「朝日新聞」オピニオン欄で、元米国防総省日本部長のポール・ジアラ氏が靖国問題について「首相参拝は米国にも損失」と題して、論稿をよせている。
もちろん、日米同盟を肯定する立場からの意見だが、靖国神社の戦争博物館「遊就館」の展示にふれ「歴史の愚かな書き換えは、米国に対する直接的な挑戦である」と批判。「靖国史観は日本が戦後営々と築き上げた道義的優越性を台無しにしてしまう」とも指摘。「日本の道義的後退は……米国にもマイナスに働く」として、小泉首相自身が“参拝すべきでない”と表明すべきだと提起している。
靖国問題 首相参拝は米国にも損失
ポール・ジアラ元米国防総省日本部長
[朝日新聞 2006年6月24日朝刊/「私の視点」]小泉首相は今月末にワシントンを訪れるが、米両院合同本会議での演説はしないだろう。年1度の靖国神社への公式参拝を続ける首相の、かたくなな姿勢の代償である。
それは小泉首相には個人的で政治的な落胆であっても、国際関係や日米同盟における靖国の重要性を浮き彫りにするものだ。 「靖国」とは、誰にとっての問題なのか。ワシントンはこの問題を「他人事」としてきたが、実は米国の歴史問題でもあるのだ。
A級戦犯が合祀されている靖国は、日本が戦争責任を認めたがらないことの表明となってきた。日米間では過去の罪を許し忘れるということでほぼ一致はしているが、アジアの国々は違う。靖国問題はアジアにおける手に負えない感情を一層悪化させている。
米国は、靖国論争にはかかわってこなかった。だが、それは米下院外交委員会のハイド委員長(共和党)が、ハスタート下院議長に書簡を出すまでのことだ。最近明らかにされたこの書簡で、ハイド氏は、小泉首相に米議会での演説を認めれば、日本軍の真珠湾攻撃直後に故ルーズベルト大統領が「屈辱の日」という言葉で対日非難演説を行った同じ議場を汚すことになると指摘した。
靖国は米国に重大な犠牲を迫る問題である。第1に、日米は政治・軍事・経済面で極めて緊密なパートナー関係にあるがゆえに、米国は日本と中国の間の論争に重大な利害を有している。ワシントンは日本の行動が中国の思惑に影響を与えると信じている。日本は米国の太平洋戦略の要だが、その日本の行動は米戦略にマイナスにも作用する。米国は、大事な対中関係を日中間の政治的仲たがいのリスクに晒すわけにはいかない。
第2に、日米は強固な同盟関係を築くことで過去を乗り越えてきたが、中国とも同様の道を探るべきだ。強力な日本と台頭する中国が関係を悪化させないことは、米国の戦略的利害からも重要である。
3番目は、靖国問題が日米間の直接的な争いのもとになるという点だ。A級戦犯の靖国合祀は、日本の時代錯誤的な政治勢力層を代表している。最近改修された靖国神社の戦争博物館「遊就館」は、第2次大戦における日本の政治的・道義的な正当性を主張する。狡猜なルーズベルトが米国の戦略的利益から日本を戦争に誘い込んだのであり、戦争は日本の自己防衛だったというわけだ。歴史の愚かな書き換えは、米国に対する直接的な挑戦である。
第4点が多分最も重要だが、靖国問題は日本の国際的評判をひどく傷つけているという点だ。戦後の日本は、自国の道義的地位の回復に努め、勤勉さと平和的貢献でアジアの安定に寄与してきた。米国は日本の道義的な回復を基盤に太い関係を結んできたが、靖国史観は日本が戦後営々と築き上げた道義的優越性を台無しにしてしまう。
日本の道義的後退は中国を利するだけでなく、日本とは価値観と利害を共有する米国にもマイナスに働く。
この悪の循環を断ち切れるのは小泉首相だ。 「日本のグローバルな評判と対中、対米の関係は、自分が首相として靖国神社を参拝することよりも重要であり、私の後継者も参拝すべきではない」。こう表明すれば、批判勢力を黙らせ、盟友を元気づけ、残された任期に政治的コストを負うこともないであろう。
(英文は24日付のヘラルド朝日に掲載されます)