実質賃金率について 置塩信雄『蓄積論(第2版)』(1)

実質賃金率はいかに決定されるか。

  • マルクスも古典派も、労働力市場の需給の緩急によって実質賃金率は下落、上昇するという見解をとっている。しかし、これは承認しがたい。(p.57)
  • 実質賃金率は貨幣賃金率とは別の概念で、労働1単位当たり賃金(貨幣賃金率)で購入できる消費財の量で定義される。(p.59)
  • しかし、労働力市場での需給関係によって影響されるのは、さしずめ貨幣賃金率であって、実質賃金率ではない。(p.59)
  • 失業がかなり発生し、貨幣賃金率が下落をしている場合、消費財か価格がどのような運動をおこなうかを知ることなしには、実質賃金率の変化方向をいうことはできない。一般的過剰生産による生産の全般的収縮による場合、消費財部門において過剰生産=超過供給があり、消費財価格は下落する。この段階での実質賃金率の水準の運動は、貨幣賃金率と消費財価格の下落率の相対的関係によって決まる。この場合、貨幣賃金率の下落率より、消費財価格の下落率の方が大であり、したがって、実質賃金率が上昇する場合が十分あり得る。(p.60)

  • 労働者階級の生活にとって、実質賃金率の高低はただちに生活の改善・悪化を意味するものではない。労働者階級の生活の内容を規定するのは、1日に受け取る生活資料の大きさである。時間当たりの実質賃金率が高いことは、労働生産性を一定とすれば、搾取率を確実に下げるが、労働者の生活が改善されることをかならずしも意味しない。(p.61)
  • 労働力市場では失業があり、消費市場では超過供給がある場合、労働市場では貨幣賃金率は下落するが、それによって資本家の労働力需要が増大し、失業が減少するとは考えられない。(p.62)
  • 資本家は、自己の雇用量を労働力供給量に一致させようとはしない。資本家は、自己の生産量(したがって雇用量)を商品需要に近づけようとする。(p.62)
  • したがって、労働力市場での需給状態は、主として商品市場の状態の反映であって、逆ではない。労働力に対する資本家の需要量の決定は、生産=商品供給量の決定に従属し、生産にかんする決定は、商品市場の状態に依存している。(p.63)
  • それゆえ、労働力市場と商品市場は並列的に考えることはできない。商品市場の状態から労働力市場の状態が派生する。資本制社会では、経済諸力は、商品市場の一時的均衡を実現させる方向には働くけれども、労働力市場の均衡を実現させる方向へは働かない。それゆえ、雇用量、生産量、実質賃金率の3者は、労働力市場の需給関係の均衡化の方向へではなく、商品市場の需給一致の方向へ運動する。(p.63)
  • しかし、実質賃金率は商品市場の需給一致点でで決まるという命題は、実質賃金率の一時的均衡水準を与えるだけで、長期的な均衡水準を規定するものではない。それを説明するのが、再生産費説である。(p.63)
  • 労働力市場需給説を基礎とする場合には、労働力需要の減少や労働力供給の増大による実質賃金率の下落、あるいは労働需要の増大、労働供給の減少などによる実質賃金率の上昇をいうことができた。だから、実質賃金率が労働力の再生産費で規定される水準を中心にして循環運動を説明することは容易である。
  • しかし、実質賃金率が商品市場の需給によって決まるという場合はどうか。実質賃金率が高いとき、商品市場の需給は、実質賃金率を低くするように働くだろうか。実質賃金率が高いというのは、商品市場において商品需要が低水準であるためであり、生産水準も低く、したがって、生産設備の稼働率も低い。このような場合、次期において、商品需要がさらに低くなる可能性が大きい。すると、商品価格はさらに低下し、実質賃金率は低くならないだけでなく、さらに高くなる可能性が大きい。(p.64)
  • したがって、商品受給によって実質賃金率が変動すると考えた場合、実質賃金率は、一方的な発散運動をおこなう。
  • 実質賃金率がいつまでも一方的な発散運動をつづけるとすると、資本制社会は維持できなくなる。実質賃金率が上昇し続ければ、利潤率はマイナスになり、剰余労働を搾取できなくなる。実質賃金率が下落し続ければ、労働者の生理的限界を割ることになり、生産自体が不可能になる。したがって、資本制社会が存続するためには、どうしてもこの発散運動は逆転されなければならない。それは、どのようにしておこなわれるのか。(p.65)
  • 実質賃金率の上方発散過程は生産の累積的収縮過程であり、下方発散過程は生産の累積的拡大過程である。したがって、実質的賃金率の発散過程の逆転は、生産の累積的発散過程の逆転によって生ずること。これは、どのようにして、好況・繁栄が恐慌に転じ、恐慌・不況が回復・好況に転じるか、という問題である。(p.65)
  • つまり、実質賃金率にかんする商品需給説は、恐慌・回復の理論と合して、実質賃金率の循環運動、その中心をなす労働力再生産費に規定される実質賃金率と関連をもつことになる。(p.65)
  • 商品市場の需給による実質賃金率の決定という見解を意識的に打ち出したのは、ケインズの『一般理論』においてである。(p.66)
  • ケインズにあっては、実質賃金率は商品の需給一致点で決まり、実質賃金率は、商品の需給を規定する諸要因によって規定される。(p.67)
  • しかし、商品市場の需給関係で実質賃金率が決定されるということが、資本制社会の基本的な生産関係との関係で、どのような意義をもつものであるかの理解がケインズにはまったく欠けている。(p.68)
  • 剰余労働で生産される生産物を資本家階級が需要するためには、資本家は、それだけの生産物を生産するだけの剰余労働を搾取しなければならない。そのためには、ちょうど資本家の需要するだけの商品をつくり出すだけの剰余労働をおこなうだけの雇用水準を資本家に決定させるような、それに見合った搾取率、実質賃金率の水準が必要である。(p.68)
  • 資本家の剰余労働に対する需要が大きくなれば、これを充足するためには、より大量の剰余労働を搾取しなくてはならない。そのためには、実質賃金率が低下しなければならない。
  • このように、消費市場の需給で実質賃金率が決定されるということの背景には、資本制において、特殊な仕方で、労働者から搾取される剰余労働の大きさ、搾取率が決められるという関係が潜んでいる。商品形態をとらない搾取社会であれば、この関係は、商品市場での需給、貨幣賃金率と消費財価格の関係という回り道をとらずに、もっと直接的に現象する。
  • ケインズは、労働生産性が不変の場合、商品需要が多くて、したがって労働雇用が大きいときには、実質賃金率が低くなり、逆に商品需要が少なくて、したがって労働雇用が小で(失業が大)あるときにだけ、実質賃金率が上昇するということを「自然法則」のようにあつかっている。(p.69)
  • もしそうであれば、労働者階級は、合理化(労働生産性上昇)に協力しない限り、実質賃金率を高めようとすれば失業を覚悟しなければならない、ということになる。しかし、これは「自然法則」ではなく、資本制的生産関係、それに基づく資本家の態度から出てくるものである。労働者階級は、この資本制的生産関係や、それに規定された資本家の生産決定、雇用決定に対する態度を変化させてゆくことができる、ということを覆い隠している。(p.69)

実質賃金率の決定メカニズムについては、さらに続く…。ページ数は、置塩信雄『蓄積論(第2版)』(筑摩書房、1976年)。

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