南北戦争について知っていることというと、映画「風と共に去りぬ」と、リンカーンの演説(いわゆる「ゲティスバーグ演説」)、それに、マルクスたちの国際労働者協会(第一インタナショナル)がリンカーンの再選に祝辞を送ったことぐらい。あと、奴隷制を擁護したのが民主党で、リンカーンは共和党だったことも知っていましたが、南北戦争の経過そのものはよく分かりませんでした。
戦争の具体的な経過を知りたいと思っても、いわゆる歴史書は、南北戦争の歴史的な意味について論じるばかりで、肝心の経過はごく概略だけ。そんなとき、たまたま店頭でこの本を見つけました。
ぱらぱらとめくってみると、当時ようやく使われ始めた電信(「トン・ツー」の、いわゆるモールス信号で電文を送るあれ)をつかって、リンカーンがどんなふうに北軍を指揮したかを調べたもので、なかなか面白そう。で、さっそく買ってきて読んで見ました。すると、これが、日付をおって戦況とリンカーンの指揮ぶりを紹介していて、戦争の経過を知りたいという僕の希望にぴったりでした。
ゲティスバーグというのがワシントンよりも北にあった、なんていう事実も、初めて知りました。(^_^;)
あと、マルクスが、南北戦争に関連して、それを合法的権力にたいする「奴隷制擁護」勢力の武力による反乱として位置づけていたことは有名です ((マルクス「社会主義者取締法にかんする帝国議会討論の概要」(全集第34巻、412ページ)参照。そこでマルクスは、革命の発展の道筋について、「時の社会的権力者の側からの強力的妨害」が立ちはだからないかぎり発展は平和的であり続けるが、「旧態に利害関係を持つ者たちの反抗」があれば「平和的な」運動は「強力的なもの」に転化する、その場合、反乱者は「合法的」権力にたいする反逆として、「強力」によって打倒される、と論じています。))が、実は、リンカーン自身が、南部連合との戦争を、合法政府にたいする武力反乱にたいするやむを得ない武力行使として正当化していたことも、この本で確かめることができました。
それは、1861年7月4日に議会に送った、いわゆる「戦争教書」です。そのなかで、リンカーンは、大要次のように述べていたそうです。
あらゆる平和手段をつくしても応じず、叛徒(南部連合)はついに武力によって連邦を攻撃してきた。いまや連邦は急激な瓦解の危機にある。いま問われていることは、アメリカ合衆国の運命にとどまらない。全人類にとって、立憲共和国、もしくは民主主義、すなわち人民による政治が、敵の攻撃に対抗してこの領土に保持できるか否か、が問われているのである。この地上から自由な政府を根絶させてはならないのだ。そのために残された唯一の道は、武力によって対抗する選択肢かなくなった。(同書、52ページ)
で、あとで知ったのですが、この「戦争教書」は、岩波文庫の『リンカーン演説集』にも収録されていました。それによれば、上の引用はほんとに大要で、文章はもっと長いのですが、趣旨はそのとおり。ドンピシャです。
ということで、面白く読んでます。
著者の内田義雄氏は、奥付によれば、1939年生まれ。NHKのサイゴン、ニューヨーク特派員、「ニュースセンター9時」編集長などを歴任。現在は立正大学非常勤講師ということ。ジャーナリスティックな切り口なのも納得。
【書誌情報】書名:戦争指揮官リンカーン アメリカ大統領の戦争/著者:内田義雄/出版社」:文藝春秋/文春新書562/発行年:2007年3月/定価:本体860円+税/ISBN978-4-16-660562-0
【追記】
「戦争教書」でのリンカーンの演説は以下のとおり。
この時に、この事件〔サムター要塞事件〕によって、政府を攻撃する者は武力による闘争を開始したのであった……。他の行動はすべて不問に附すとしても、この一事により、彼らはわが国に「急激なる分裂、しからざれば流血」という峻厳な問題をもって迫ったといえるのである。
そしてこの問題のかかわるところは、たんに合衆国の運命のみに止らない。これは全人類に対して、およそ立憲共和国、もしくは民主政治、すなわち同一人民による人民の政治が、自国内の敵に対抗して、領土の保全を維持しうるか否かの問題を提供するのである。そのことはまた、一国内の不満の徒が、特定事につき、組織法に従って政府の行動を支配するほどの多数を擁していない場合に、彼らの政府を瓦解せしめてよいか、かくして事実において地上から自由な政府というものを根絶せしめてよいか否か、という問題を提供するのである。かかる事態はわれらに次の疑問を余儀なくせしめる。すなわち、「すべての共和国にはかかる内在的な宿命的な弱点があるものなのか。政府というものは、必然に、国民の自由を損なうほど強力でなければならないのか。あるいは政府自体を存続してゆけないほど弱体でなければならないのか」という疑問に直面せしめられる。
問題をかく考察してくると、残された唯一の道というのは、政府の戦争権能を発動せしめて、政府打倒のための武力に対抗するに、政府保持のための武力をもってするよりほかなかったのである。(『リンカーン演説集』岩波文庫、112?113ページ)