A級戦犯合祀、国が主導で靖国神社と一体で

国立国会図書館が28日に発表した資料で、A級戦犯の合祀が、国の主導で靖国神社と一緒になってすすめられたことが明らかに。

戦犯の合祀は国の働きかけで
[NHKニュース 3月29日 5時20分]

 靖国神社への戦犯の合祀は国が靖国神社に働きかける形で進められていたことが、国立国会図書館が28日に公表した資料で明らかになりました。A級戦犯の合祀については、昭和41年に厚生省から合祀の対象になるとする名簿が靖国神社に送られていました。
 靖国神社は、戦前は当時の陸軍省と海軍省が管理し、誰をまつるのかは事実上軍が決めていましたが、戦後は宗教法人になり、靖国神社が合祀の対象を決めることになりました。しかし、国立国会図書館が28日に公表した靖国神社の資料によりますと、昭和31年ごろから当時の厚生省引揚援護局と靖国神社の間でたびたび会合がもたれ、合祀の進め方や合祀の対象について意見交換をしていたことが明らかになりました。
 この中では戦犯の合祀についても検討が行われ、厚生省側が、海外で死亡したB級以下の戦犯から目立たない範囲で了承してほしいなどと靖国神社側に持ちかけていました。
 さらに、A級戦犯の合祀については、両者の会合でたびたび「保留」とされていましたが、昭和41年に厚生省からA級戦犯も合祀の対象になるとする名簿が靖国神社に送られていて、国が靖国神社に働きかける形で戦犯の合祀が進められていました。また、A級戦犯を合祀することを厚生省と靖国神社の双方が再確認した昭和44年1月の会合では、合祀決定について「外部発表は避ける」という申し合わせがあったことも明らかになりました。

国と靖国神社が一体で合祀進める 内部資料明らかに
[asahi.com 2007年03月28日21時48分]

 戦没者の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省と靖国神社が打ち合わせを重ね、一体となって合祀の基準を決めていたことが28日、国立国会図書館刊行の「新編 靖国神社問題資料集」に収録された内部文書から明らかになった。BC級戦犯の合祀について、厚生省側から、目立たないように合祀してはどうかと提案する場面の記録もある。新憲法の政教分離の原則がありながらも、合祀が国主導で進められたことを示す資料といえる。
 文書は、靖国神社が所蔵する「靖国神社合祀者資格審査方針綴(つづり)」の一部。国は独立回復後の56年から3カ年計画で、停滞していた合祀事務を積極的に進めていた。文書によると、58年4月9日に「合祀基準に関する打合会」が靖国神社の社務所内であり、旧厚生省引揚援護局の職員4人、神社側の5人、奉賛会の関係者6人が出席した。
 BC級戦犯に触れ、厚生省の担当者が「個別審議して差し支えない程度で、しかも目立たないよう合祀に入れては如何(いかん)。研究してほしい」と提案、神社側は「総代会に相談してみる。そのうえでさらに打合会を開きたい」と応じている。
 同年9月12日の「打合会」では、A級戦犯として処刑された東条英機元首相らも含む「戦争裁判刑死者調査表」が配られ、議論になった。
 厚生省側は「まず外地刑死者(BC級戦犯)の合祀を目立たない範囲で了承してほしい」と要請。神社側は「新聞報道関係の取り扱い如何で国民的反響は重要な問題として考えなければならない」と応えている。
 78年に合祀されるA級戦犯の名簿が旧厚生省から神社に送られたのは66年2月。新資料によると、69年1月31日に厚生省側と神社側がA級戦犯12人について「合祀可」と再確認し、「外部発表は避ける」とした。70年6月25日には「諸情勢を勘案、保留とする」と再確認している。

 〈新資料集の刊行〉 小泉内閣時代に靖国参拝の論議が再燃したことなどを受け、国立国会図書館が06年1月に作業を開始。合祀者の資格審査に関する靖国神社所蔵文書や、中曽根内閣時代の「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」の議事概要など、非公開だった資料を含め808点を収録。旧厚生省が合祀事務への協力を各都道府県に要請した文書や、連合国軍総司令部(GHQ)の靖国神社調査担当者が集めた文書、千鳥ケ淵戦没者墓苑建設の経緯に関する文書もある。A4判で約1200ページ。5月初旬をめどに同図書館のホームページでも公開する予定。

靖国合祀、旧厚生省が積極関与…国会図書館が資料公開
[2007年3月29日3時0分 読売新聞]

 靖国神社への戦没者合祀(ごうし)を巡り、当時の厚生省が合祀対象者の決定に、積極的に関与していたことが、28日、国立国会図書館が公表した「新編 靖国神社問題資料集」で明らかになった。
 同省は戦犯などの合祀について、神社側と頻繁に協議を重ね、見解を述べていた。同省が合祀対象者の決定に果たした役割がわかる資料は初めて。
 A級戦犯が合祀された9年前の1969年に、同省が神社側の合祀の意向を把握していたことを示す資料もあった。研究者は「国と神社側が協力しながら合祀者を決めたことが分かる貴重な資料」と話している。
 同図書館では、靖国神社参拝問題に関連し、調査や資料提供の依頼が増えたため、昨年から関連資料の収集を行っていた。資料集には、靖国神社が所蔵する非公開資料や、厚生省と神社側との協議内容など、計808資料、約1200ページにわたり収録されている。
 資料によると、1956年、当時の厚生省が、戦没者の靖国神社合祀について、「3年間で完了するよう協力する」という要綱案を作成。同年以降、同省と神社の協議が断続的に開かれ、合祀基準を詳しく決めていった。協議は神社の社務所に、厚生省側が出向いて行われた。
 58年4月の第4回会合では、同省側が「戦犯者はB級以下で個別審議して、差し支えない程度で、しかも目立たないように入れてはいかが」と提案。同年9月の第7回会合でも同省側が、戦犯について「要するに職務上犠牲になった者あるいは事実に反した訴因によるもの」とし、「(だれが合祀に)不適格という事は出来ない」と合祀に積極的な姿勢を見せ、「まず外地刑死者(BC級戦犯)を目立たない範囲で(合祀することで)了承して欲しい」と、具体的に提案していた。
 また、A級戦犯の合祀を巡り、靖国神社が69年1月、同省と会合した内容の資料があることが分かった。神社側が作成した資料には「A級(12名)」が「合祀可」と記載され、「総代会の意向もあるので合祀決定とするが外部発表は避ける」と別記がある。実際に合祀されたのは78年10月で、同省がその9年前に、神社側の合祀の意向を把握していたことが明らかになった。
 旧厚生省が66年2月、靖国神社に対し「合祀を保留されていた戦犯関係死没者」として、A級戦犯を含む名票を靖国神社に送ったことはこれまで判明していたが、その後実際にA級戦犯が合祀されるまでの間、どのような経緯があったかは分かっていなかった。
 厚生労働省社会・援護局では「66年に名票を出した後に、事務処理のための打ち合わせがあったのかもしれないが、旧厚生省の記録は残っておらず、確認できない」としている。

各紙が報道するなかで、注目すべきなのは「東京新聞」の記事。合祀されたなかに慰安所経営者が含まれていたことが明らかになったという。

慰安所経営の一般人も合祀
[東京新聞 2007年3月29日]

 日本占領下のインドネシアで民間の慰安所を経営し、BC級戦犯として有罪判決を受けた後、獄死した男性について、厚生省(当時)と靖国神社が1967年に合祀を決めていたことが28日、明らかになった。国会図書館が同日公表した「新編 靖国神社問題資料集」に盛り込まれた靖国神社の内部資料に明記されていた。政府は、いわゆる従軍慰安婦について「おわびと反省の気持ち」を表明しているが、これに先立ち、慰安所経営者の合祀に関与していたことになる。
 靖国神社が、占領下のアジアで慰安所を経営していた一般人を合祀する方針を決めていたことが判明したのは初めて。
 この報告書は、67年5月9日に靖国神社洗心亭で開催された厚生省援護局と神社側の会議の様子を記録した資料「合祀事務連絡会議開催につき(報告)」。それによると、会議では、厚生省側から合祀事務の担当課長以下7人、神社側から担当の権宮司ら2人が出席、これまで合祀を保留していた対象者について合祀の可否を検討した。
 このうち「法務死亡者(一般邦人)」は「合祀する」とされ、その中に「櫻クラブ経営者。(訴因、婦女子強制売淫刑10年受刑中病死)」という人物が含まれていた。
 BC級戦犯裁判に詳しい研究者によると、この経営者は43年9月から45年9月までインドネシア・バタビア(現ジャカルタ)で民間の慰安所を経営していた実在の日本人。欧州系の女性らに強制的に売春させたとして、オランダ軍による戦犯裁判で有罪判決を受けた。46年11月末から現地で服役していたが、翌月末に病死した。
 財団法人「女性のためのアジア平和国民基金」による「『慰安婦』問題調査報告」は、同クラブを「一般邦人向けの慰安所」とする一方、「経営者には、行政側から強い圧力がかかり、慰安所を開業することになった」と日本側の関与を指摘。「逃げ出そうとした女性は直ちに官警に逮捕され短期拘置された」「軍は設置や規則に関与していた」と記している。
 ただし、軍が組織として設置したり、将兵たちが使う目的で設けられたものではないという。

■戦争貢献、国が認定

 BC級戦犯裁判や慰安婦問題に詳しい林博史関東学院大教授(現代史)の話 記載された男性はバタビアで慰安所を経営していた人物に間違いない。靖国神社の合祀対象は戦争に協力した人物であることが建前。慰安所経営者が、戦争に貢献したことを国が堂々と認めている。旧厚生省が「慰安所を経営してくれてありがとう」と言っているようなもので、重大な事実だ。こうした例があるということは、ほかにも慰安所経営者が合祀されている可能性がある。

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