香山リカさんの最新著『「悩み」の正体』(岩波新書)を読んでいます。香山リカさんの本は、とりあえず書いたを集めた読み物と、ちゃんと考えて書かれた著作とがあります。こんなふうに書くと、著者からは“そんなことはない”と言われそうですが、なんにせよ、この本は後者、読んでおく値打ちありの本だと思います。
とくに注目されるのは、「まえがき」です。そのなかで、香山さんは、昔ならクリアできたようなことで「悩み」の相談にする人が増えていると言って、こんなふうに書かれています。
「本来なら『悩み』になる必要がなかったようなこと」までが次々と「悩み」へと“昇格”している状態を、「これも時代の流れか」と見すごすことはできないのではないだろうか。……ここはやはり、従来なら悩みにならなかった問題までが「悩み」になってしまうという今の社会自体がおかしいのではないか、という視点を忘れるべきではない。
本書で取り上げる「悩み」の多くは、おそらく10年前、20年前だったら、「悩み」にならなかったようなもの、あるいは「悩み」になったとしても、ちょっとした生活の知恵や工夫、まわりの人の手助けで重症にならずにクリアできたようなものだ。そういう意味では、これらは「いまどきの『悩み』」であるとも言える。そしてその解決のために必要なのは、「考え方の転換」でも「生活習慣の改善」でも「専門家の治療」でもなく、実は「それを悩まなくていいような社会にすること」である場合も少なくない。「悩み」といえば、とかく「本人の気持ちの持ちようだ」と個人に還元して解決をはかりがちだが、もっと多角的に考えた方がいいこともある。……
「悩み」をどう解決するか、と対策を講じる前に、その「悩み」の正体を見極め、分類し、「これはそもそも『悩み』にふさわしいものなのか?」と疑ってかかることが必要だ。
いま悩んでいる人には、「とりあえず目の前にいま差し迫っている苦痛」を取り除くことが必要ですが、それとは別の次元の視点が必要だというのです。
そうやって応急処置をしながら、「でも、そもそもこれっておかしいんじゃないか?」と悩んでいる自分を俯瞰して見る視点も失わないようにしなければならない。つまり、「いまどきの『悩み』」には、“いま”と“そもそも”、ふたつの次元の違う対処が必要、ということになる。……
それにしても、悩んでいる人に「視点をずらして二段構えの賢い対処が不可欠です」などと言ったら、それだけでその「悩み」はさらに深くなりそうだ。「悩み」が増えただけではなく、その「悩み」をゆっくり悩むことさえできない時代。賢い消費者、賢い有権者になることを求められ、さらに「賢い“悩み人”」になれ、とまで言われるのはうんざり、という人もいるかも知れないが、ここは一度、「私のこの『悩み』は、本当に正当な『悩み』なのか? そもそもこんなことで悩まなければならない、というほうがおかしいんじゃないのか?」というところから、考えてみてはどうだろうか。
そのとおりだと思います。
【書誌情報】
著者:香山リカ/書名:「悩み」の正体/出版社:岩波書店(岩波新書・新赤版1068)/発行:2007年3月/ISBN978-4-00-431068-6/定価:本体700円+税
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