「反省」、早くもどこへやら…

選挙中「反省」を口にした石原都知事ですが、当選したとたんに、その「反省」はどこかへ消し飛んでしまったようです。

当選後のインタビューでは、批判は「誤解が拡大されただけ」と言い出し(「誤解」なら反省は必要ない)、さらに高額出張費問題を尋ねるマスコミに、「都議会の議事録を読んでください」と回答拒否。「批判」じゃなくて「バッシングだ」と怒り出してしまいました。

圧勝 戻った石原節 「反省」一転、自信満々 都知事選(朝日新聞)
石原氏余裕3選、姿勢一転マスコミ批判も(日刊スポーツ)
投票終了直後「当確」 石原都知事3選(スポニチ)

圧勝 戻った石原節 「反省」一転、自信満々 都知事選
[asahi.com 2007年04月09日00時51分]

 東京都民は身内重用などの問題で「ノー」を突きつけるより、「強い東京」8年の実績を評価した。都知事選の期間中、低姿勢を通してきた石原慎太郎氏(74)は、3選を決めた8日夜、「政治は形で見せなきゃダメなんだよ」と自信満々の口調に戻っていた。ライバルの前宮城県知事・浅野史郎氏(59)は大きな対立軸を作れず、風を起こせなかった。
 開票が始まって間もない午後8時40分、石原慎太郎氏は東京・新橋の選挙事務所に笑顔で姿を見せた。100人を超す報道陣のフラッシュが一斉にたかれる。自民、公明の国会議員や都議、支援者らが拍手で迎えた。
 マイクを握った石原氏は、「都民の良識がこういう結果をもたらした」「政治は形で見せないとダメだ」と強気の姿勢で語り始めた。
 公約に掲げた五輪招致については、ひときわ熱が入った。「オリンピックは心の財産になる。みなさん一緒にやろうじゃないか」。そう声を張り上げると、支援者からまた大きな拍手がわいた。
 自らへの批判については「いろいろな誤解が拡大されたのは残念だった」と論評。「説明不足」を反省していた高額出張費の問題なども、「都議会の議事録を読んでください。そうすればわかる」と、質問を突き放した。
 五輪招致見直しの世論が強いことを指摘されると、「何を見直せばいいのか、具体的に言ってもらいたい」と反論。初めは神妙な面持ちでインタビューに応じていたが、厳しい質問が相次ぐうちに「批判って何ですか。それはバッシングでしょ」と声を荒らげる場面もあった。
 人生最後と決めた選挙で、石原氏はひたすら低姿勢だった。
 告示まで10日余りとなった3月10日夜、40年来の友人の元内閣安全保障室長、佐々淳行氏(76)に電話をかけ、選挙対策本部長になって欲しいと頼んだ。「権力は腐敗するというが、ちょっと心が緩んでるよ」とたしなめる佐々氏。「ちょっとおごったのかな。反省してるよ」。恐縮した様子で石原氏が言った。
 選挙参謀には、新たにプロの選挙プランナーを迎えた。「今までの選挙は自分1人でやってるみたいだった」と石原氏。今回は「言われるままに動いただけ」。前回選挙を仕切った側近の元副知事は表に出ず、恒例だった石原プロの俳優の応援演説もなし。
 石原氏は表向き無党派にこだわったが、実際には政党も頼りにした。
 「選挙が厳しい。何とかお願いします」。3月末、東京選出のある自民党国会議員に電話をかけてきた石原氏の声は、危機感がにじんでいた。告示前日には、都内のホテルで公明党都本部の幹部と会って支援を依頼。深々と頭を下げた。
 衆議院議員時代からの秘書は「今までにない戦い方を決断し、すぐに適応する力は石原ならでは」と舌を巻く。
 だが、封印した歯にきぬ着せぬ物言いは、選挙期間中からこぼれ始めていた。4日に足立区であった演説会では「これからも国とけんかしていきますよ」。会場から大きな笑いと拍手が起こった。「北朝鮮が撃ち込むぞと言うけど、やれるもんならやってみろって」「あの憎らしいソビエト、ロシアがね……」
 そして、当選を果たしての「石原節」復活。
 周囲には選挙期間中の我慢の「反動」で、もとのワンマン知事に戻ることを警戒する声もある。8日、事務所を訪れた自民党都議は「都議会や党に世話になったという言葉があったから、きょうは合格点。気をつけるのはこれから」と話す。
 佐々氏は「少し慢心したら兄貴分としてご注意申し上げる」と、手綱を締めた。

石原氏余裕3選、姿勢一転マスコミ批判も
[日刊スポーツ 2007年4月9日7時43分 紙面から]

 東京都知事選は8日、投開票が行われ、石原慎太郎氏(74)が午後8時の投票終了と同時に当確が出る圧勝で3選を果たした。高額の海外出張費や交際費などが批判を受け、かつてない逆風にさらされたが、説明不足を認めて都民に謝罪。自公両党の組織力も借りて浅野史郎氏(59)らに大きく差をつけた。石原氏は強気の石原節を復活させ、16年の夏季五輪招致など公約を「もっと過激に」進めると宣言した。投票率は54・51%。前回(44・94%)より10ポイント近く伸びた。
 「苦戦を強いられている」と繰り返した選挙戦は、ふたを開ければ圧勝だった。民放各局は午後8時の投票終了と同時に、NHKも開票開始の午後8時半に当確を出した。支援者らが待ち受けた新橋の選挙事務所に8時半すぎ、姿を現した石原は「ホッとしている。都民の良識がこういう結果をもたらしてくれた」。右手を上げ、はにかむような笑みを浮かべた。
 高額な海外出張費や交際費、都文化事業の四男の重用問題で批判を受け、過去2回の知事選にはない逆風の中の選挙戦だった。選対本部長を務めた佐々淳行氏(76)によると、03年知事選の308万票の半分が一時「不支持」に流れかけた。説明不足を認めて会見や街頭演説では謝罪の言葉を口にした。政見放送では頭も下げた。
 これまでにない低姿勢を貫くことはストレスになったのかもしれない。「何が支持されたと思うか」と聞かれると「その前に」と遮り、「執ようなバッシングで、誤解が拡大され、不本意で残念だった」と怒ったように言った。「都政私物化」の批判には「丁寧な説明が必要だった」としつつ「さんざん議会に報告した。議事録を見てくれ」。選挙期間中とは違い、いら立ったように早口になった。
 これまでは突き放してきた自民、公明両党の力も借りた圧勝で、石原氏は公約の実現に「より過激に」突き進む。争点になった2016年の夏季五輪招致について「約3兆円の経済効果以上に大きな心の財産が得られる。やろうじゃないですか」と呼び掛けた。
 最終街頭演説を終えた7日、石原氏は「今度の参議院(選)は自分で心していることがある。今からそれ言ってもしょうがないけど」と意味深に話した。7月の参院選は与野党逆転が起こり得る一大決戦。政治評論家の有馬晴海氏は「結果次第では少数派がキャスチングボートを握る可能性がある。石原氏はそこを狙い、ひと勝負仕掛けるかもしれない」と話す。国政の動きとも絡み、「最後のご奉公」と位置付けた3期目も、都知事の枠には収まりそうもない。

投票終了直後「当確」 石原都知事3選
[スポニチ 2007年04月09日付 紙面記事]

 「都政の私物化」など批判を受けた「石原都政」の継続か転換かが争点となった東京都知事選は8日、自民、公明両党が支援する現職の石原慎太郎氏(74)が自身最後の選挙で3選を果たした。反省を前面に出す選挙戦は投票終了直後の午後8時には民放で「当選確実」が出る圧勝。民主、社民両党の支援を受けた前宮城県知事浅野史郎氏(59)、共産党推薦の元足立区長吉田万三氏(59)らを寄せ付けなかった。投票率は54・35%で前回(44・94%)を10ポイント上回った。
 投票終了の午後8時ジャスト。間髪を入れずの「当確」だった。当の石原氏は午後8時40分すぎ、約100人の支援者からの大きな拍手と「よくやった!」の歓声の中、早速だるまに墨入れた。照れたような笑みで「都民の良識でこういう結果をいただいた。ありがとうございました」と頭を下げた。
 しかしその後は、候補者から知事モードに一気に突入。2016年の五輪招致について「どうも反対されている方は財政運営についてご存じない。アウエーじゃなくてホームで味わう感動は大きな財産になる。楽しい夢を見ようじゃないですか!」と厳しい表情でまくしたてた。
 さらにその後、出演したNHKの番組では、スタジオにいた記者から「五輪開催によるインフラの整備を考えているのでは…」と問われ「そんなこと言っていないでしょう」とバッサリ。「豊洲の土壌汚染ですが…」「築地の方が問題ですよ!」など、声を荒らげるように話した。たじろぐ記者に「ちょっとあなたね?。何の根拠があってそんなことを言うの…」とさらに突っ込んだ。スタジオにいたキャスターが、見かねて記者の代わりに「石原節が復活しましたね…」と突っ込み返す始末だった。
 画家の四男も東京都の文化事業に関与、豪華海外出張が指摘され「側近政治」の批判の中で迎えた選挙戦。“軍師”に選挙プランナーの三浦博史氏を迎え「都政の私物化」批判について「説明が足りなかった。反省しています」と街頭やメディアを通して謝罪。「さらに今後どんなことができるのかアピールした」(三浦氏)選挙戦で自民、公明の組織力プラス新しい支持層を拡大。逆風で迎えた選挙を圧勝で終えた。

「反省だけならサルでもできる」はずですが、この御仁は、その反省さえもしていなかったようです。

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