「立て万国の貧困者」 AERAがワーキングプアの特集

AERA(4月2日号)が「立て万国の貧困者、ワーキングプアの大逆襲」という特集を掲載しています。

記事の中心は、「スポット(日雇い)派遣」などの実態と、青年ユニオンなど、若者の労働組合結成の動きを紹介したものですが、はじめに出てくる、人材派遣会社フルキャストの正社員君の働きぶりも、かなり悲惨。毎日、100本以上の電話をかけ、会社の3連泊、4連泊も当り前、昼も夜もコンビニ弁当で、残業代も出てない様子…。トホホの生活です。

立て万国の貧困者 ワーキングプアの大逆襲(AERA)

立て万国の貧困者 ワーキングプアの大逆襲
[AERA:2007年04月02日号]

 ワーキングプアが立ち上がった。一人で、数人で、会社も仕事の枠も超えて。
 働いても豊かにならない、一度落ちたら抜け出せない。この貧困はなんだ?
 義憤に動かされた貧困者たちの闘い、他人事ではあり得ない。 (AERA編集部・後藤絵里)

 半年で20キロ痩せた。
 2006年1月から人材派遣のフルキャストのグループ会社で正社員として働く星野雄一さん(26)は、「スポット(日雇い)派遣」の「人繰り」が仕事だった。企業の依頼を受け、携帯電話やメールでそのつどの人手を確保し、解体作業などの現場に送る。午後3時まで注文を受け、登録スタッフのマッチングを始める。
 「明日働けるかな?」
 人数がそろうまで、深夜1時でも電話をかけ続ける。
 翌朝6時。今度はスタッフから電話で出発連絡を受ける。9時頃まで100本近い電話を1人でさばく。会社に3、4連泊はざら。昼も夜もコンビニ飯。給湯室で頭を洗う。最初の半年を時給換算したら500円を切った。
 でも、スタッフの生活はもっと悲惨だった。
 スポット派遣の日当は6000?7000円。月20日働いても十数万円。アスベストの粉塵が舞う現場で風邪用マスクだけで働かされた人、危険な現場で安全靴を持たず、釘が足を貫通した人……。
 星野さんが珍しく家に帰れた日の翌朝。出勤途中の横浜駅の地下で、ゴミ箱をあさる若い男性を見た。胸が詰まった。時々仕事をまわすスタッフだった。
 「これじゃホームレス製造工場じゃないか」

ひと味違う新ユニオン

 当初は同僚と、会社側に自分たちの労働環境の改善を訴えた。社長との協議は平行線で、同僚は一方的に解雇された。星野さんたち社員は、未払い残業代を求めて横浜地裁に提訴。その後、スタッフも誘って労働組合を結成した。
 「無法地帯のスタッフの労働状況がずっと気になっていたんです」
 会社と団体交渉を重ね、グループで働く全スタッフの労働条件を改善する労使協定の締結にこぎつけた。日雇い派遣では初めてのことだ。有給休暇の保証や日雇い労働者向け保険の適用を約束させた。今年の春闘でも社員の賃上げは据え置き。スタッフやアルバイトの時給アップが最大の要求だ。
 バブル崩壊後の不況期、企業は人件費を減らすため派遣や契約、請負といった非正社員への切り替えを進めた。後押ししたのが規制緩和。1986年施行の労働者派遣法は99年、対象業務を原則自由化し、03年には禁じられていた製造業への派遣も認めた。今や全雇用労働者の3分の1が非正社員だ。
 そうした非正社員は、労働運動とは遠い存在だった。労働組合は正社員中心だし、組合活動を理由に契約を切られかねない。
 そんな丸腰の労働者がいま、労働組合の結成に動き出している。彼らの新しいクミアイは、既存の労組とはひと味もふた味も違う。オルタナティブな連帯、“新ユニオン(労組)”なのだ。
 まず第一に、中心のない、ネットワーク状に広がる紐帯であることがあげられる。

使いやすいコマの反逆

 「フリーター連帯はどうだ」
 「なんだか締まりがないな」
 「3K職場がおれたちの職場。『ガテン系』でいこう」
 06年9月。新宿西口の居酒屋で盛り上がる一団がいた。製造現場で働く非正社員の労働団体ガテン系連帯の誕生だ。
 会社も職種も、働き方も違う全国の労働者をつなぐネットワーク。会員は職場ごとに労組を作って個別に交渉をする。
 一方、ガテン系連帯ではそれぞれの職場情報を共有する。労働法を学んで知識武装する。国や業界団体に訴えかける。従来型の組合のように「支援→被支援」の上下関係では、組合員に依存心が生じるし、執行部もなれ合う。だから、中央組織は置かない。
 業務請負大手の日研総業から派遣され、日野自動車で働く和田義光さん(42)と池田一慶さん(27)は創立メンバー。労組結成のきっかけは職場有志の花見の席だった。池田さんは隣に座った若い正社員から声をかけられた。
 「いくつになった?」
 「26歳です」
 「その年でハケンか。人生終わってるな」
 池田さんより先に、向かいに座っていた和田さんがキレた。
 「何を言ってるんだよ!」
 よっしゃ、この人なら一緒に声を上げてくれるかもしれない。池田さんはそう思った。
 製造現場への派遣期間は最長1年(07年3月に3年に延長)。細切れの雇用契約、低い賃金など、企業にとっては使いやすい「コマ」であり、著しい身分格差がある。
 日野の場合、直接雇用の期間工は社が準備した寮で寮費は無料。派遣は派遣会社の借り上げ寮。和田さんたちは3人1部屋で一人3万8000円と光熱費を月給から引かれる。期間工は一定期間働くと慰労金が出る。派遣はどんなに働いても時給1150円前後のまま。少ない月は手取り15万円を切る。契約は1カ月更新だ。
 「夏は40度の暑さで油まみれになりながら、社員も期間工も派遣も、協力してノルマ達成に向かう。働く仲間じゃないですか。そこに身分格差が埋め込まれてる。僕らは最下層。そんな怒りや悔しさを抱える非正社員が全国にたくさんいるんです」(池田さん)

胸の底にあるのは義憤

 既存の労組は多くが企業内組合で、組合の役員経験が出世の一段階となっているところもある。しかし“新ユニオン”は成り立ちから違う。義憤――胸の底にあるのは、そんな感情だ。
 2人がガテン系連帯の結成準備にかかりはじめたころ、後藤英樹さん(48)は三重県の半導体工場で働いていた。10年勤めた百貨店が倒産。求人誌で見つけた派遣に応募したのだ。年収は200万円を切る。
 ある夜、夜勤に行くため派遣会社のバスを待ちながら、空を見上げた。満天の星。高校生の時、キャンプ場で見た星空と同じだ。当時は美しさに心が震えた。今は少しもきれいだと思えなかった。
 「同じ星なのに、置かれた境遇でこんなにも見え方が違うのか」
 美しいものを美しいと思えない世の中って何だろう?
 翌月、派遣会社を変え、東京都青梅市の半導体工場で働き始めた。その間インターネットでガテン系連帯のサイトにたどり着き、池田さんに会った。
 「皆さんが正社員になったら会は解散するんですか」
 後藤さんの問いに池田さんはそうじゃない、と首を振った。
 「ならば、一緒にやりたい」
 2月には同じ職場で働く仲間と労組をつくった。後藤さんの組合運動は、自分の生活を良くするなんてけちな考えじゃない。
 「派遣には若い子も多いんです。あいさつしてもまともに返事もしない。死んだ魚の目をしている。未来のある人たちが、星がきれいだと思うこともなく一生を終えるなんてあんまりだ」

携帯とネットを駆使

 70年代にトヨタ自動車の工場で季節工として働き、『自動車絶望工場』を著した鎌田慧さんは言う。
 「大企業の組合員と違い、守るべき権益も会社への忠誠心もない彼らが労働運動に立ち上がるのは、もはや人間の尊厳を保てないレベルまで追いつめられているから」
 昭和女子大の木下武男教授(労働社会学)も、19世紀の産業革命期を見るようだという。
 「資本主義の黎明期、飢えて死ぬほどの貧困と無権利の労働者が大量に生まれた。彼らが生存権を求め闘ったのが労働運動の始まりでした。非正社員の労組結成は、運動の原点を思わせる」
 携帯電話やネットを駆使するのも、新時代ユニオンの特徴だ。
 東京・渋谷、午後6時。若者でごった返す「109」の前に怪しい円陣が組まれた。首都圏青年ユニオンの団交前の打ち合わせ光景だ。同ユニオンではメーリングリストが組合員同士をつなぐ。
 「『すき家』に対して未払い残業代と解雇撤回を求める団交を行います。集合は○日×時、渋谷の109前。応援お願いします」
 当日、関心がある組合員がわらわらと集まってくる。書記長の河添誠さんが立ったまま、10分程度でポイントを説明。これは喫茶店に入るお金を節約するため。団交後に再び円陣を組み、感想を言い合う。非正社員の職場はバラバラで、個人加盟のメンバーが多い。「よその団交」に出ることでいろんなケースを知り、連帯も生まれる。同ユニオンには「すき家」のアルバイト労組に続き、3月にはライブドアの労組もできた。

会社と闘うの怖かった

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)という手もある。国際電話のオペレーターをする谷岡典子さん(31)は昨年11月、ミクシィの日記につづった。
 「1人でも入れる労働組合に入って運動してます。組合を作ると、会社と対等な立場で話し合えるんです」
 谷岡さんはKDDI子会社の契約社員。会社は昨夏、契約社員の労働条件の変更を一方的に通知してきた。(1)交通費の支給を廃止(2)1年契約は3カ月・6カ月の短期更新に(3)深夜勤手当2000円を400円に減額、などだ。谷岡さんは月収6万円のダウンになる。
 「契約途中で一方的に条件を変えるのはおかしい」
 上司との面談で訴えたが取り合ってもらえない。条件を応諾するかどうか返事を迫られた2回目の面談を控え、ネットで見つけた派遣ユニオンに電話した。書記長の関根秀一郎さんは穏やかに言った。
 「全部ノーって言いなさい」
 会社と闘うのは怖かった。クビになるかもしれない。
 「でも、転職してもまた非正社員。ここで逃げても、同じ問題が繰り返されるだろう」
 夫も姉も友人も、有期雇用の社員。将来子どもも欲しい。そのころには、非正社員もまともな働き方ができる社会になっていてほしい。腹をくくった。
 ユニオンに加盟し、関根さんと2人で数回の団交に臨んだ。約2カ月、同僚にも言わず、たった一人の闘い。数回の交渉の後、会社が譲歩する姿勢を見せ始め、10月からの各種手当の減額が保留になった。
 すると、職場の同僚が谷岡さんに「労基署が踏み込んだらしい」とささやいた。がっかりした。
 「団交の成果だって知らないのか……。この仕組みを知らないとまた同じことされちゃうよ」
 そこでミクシィで「告白」し、同じ内容を職場の友だちの携帯に「転送歓迎」でメールした。
 数日後。昼勤務の40代の先輩が、夜勤で入る谷岡さんとすれ違いざまに声をかけてきた。
 「メール見ました。協力します」
 別の同僚は小さくたたんだ紙切れをくれた。「すき家のアルバイトが労組結成」を報じた新聞記事のコピー。
 背中を押され、谷岡さんは動き出した。

もっとも弱き者の連帯

 「労働組合を立ち上げたい。協力してください」
 はっきりそう伝えるメールを同僚に送った。そうして組合員は30人に増えた。映画『七人の侍』で、侍に野武士との戦い方を教わった農民みたいだった。会社側に気づかれずに組合を作るのに、SNSと携帯のチェーンメールは大いに役立った。
 非正規の若者たちのメーデーのデモをきっかけに生まれたのはフリーター全般労組だ。
 「ちょっと遅刻しただけでバイト先をクビになった」
 デモに参加した若者が話すのを聞き、執行委員長の大平正巳さんは、個別相談に応じる場が必要だと感じた。
 「労働基準法ではアルバイトでも正当な理由なく解雇できない。権利を知らずに泣き寝入りしている人がどんなに多いか」
 私は正社員、新しい労働運動なんて関係ない――。そう思っている読者がいたら、グローバル化の時代認識を誤っている。共産主義の恐怖がなくなった今、資本主義は「強者必勝」の本来の姿に回帰している。立命館大の高橋伸彰教授(日本経済論)が言う。
 「グローバル化で、企業は世界中から安い労働力を調達できるようになった。先進国の労働者は途上国の安価な労働者とポストを競うことになる」
 実際、台頭する中国やインドでは技能労働者が育っている。
 「日本の正社員も、いずれ彼らと競争することになり、待遇はじりじり下がるだろう。国内で正規/非正規と言っている場合ではない。大資本に対抗するには労働者も力を持たないと。国際的な連帯、生活者との連帯が必要です」
 自己増殖する巨大資本=怪物リバイアサンに対抗する手だてがなければ、働く者すべてがじきにのみ込まれる。
 徒手空拳で立ち上がる「もっとも弱き者」の連帯。新しい闘いの可能性は、そこにこそあるのかもしれない。

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