戦時中の強制連行の補償を求めた裁判で、最高裁が、「1972年の日中共同声明で、個人の損害賠償請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権が放棄された」として、中国人元労働者たちの請求を棄却する判決。
強制連行訴訟、中国人元労働者らの請求棄却 最高裁(朝日新聞)
サンフランシスコ講和条約と違って、日中共同声明は、個人の請求権がどうなるかについては直接言及していない。つまり、条文上明らかに取り扱いが異なっているのだから、条約をかわした当事者たちがとくに「サ条約の枠組みと異なる取り決め」をしたつもりがなかったとしても、そのことから、日中共同声明もサンフランシスコ講和条約と同じように個人の請求権も放棄されたと解釈しなければならないという結論は出てこない。日本国内の契約でも、契約条項に請求権放棄が書かれてなければ、請求権は残るのであり、「契約には書かれていないが、特別な取り決めをしたとは解釈されないから、放棄されている」などという理屈は通用しない。
だからこそ、いままでの裁判では、請求権があることを前提にしつつ、「時効」などにより、請求を棄却する判決が出されてきたのだ。同じ請求棄却でも、請求権があることを前提にした判決と、請求権そのものが存在しないとするのでは大違いである。その意味で、この最高裁判決は、下級審の判決よりも、後退したものだと言わざるをえない。
さらに、理解に苦しむのは、個人の請求権は放棄されたとしつつ、それについて、「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく、裁判上請求する権能を失わせるにとどまる」としていること。裁判で請求することはできないが、実体としては存在する請求権とはいったいなにか? 裁判で求めることのできない権利とはいったい何なのか?
あえて、そこを想像すれば、裁判では損害賠償請求を認めることはできないが、話し合いのなかで「損害賠償してほしい」と主張することはできる、ということなのだろうか。つまり、判決でも付言されているように、企業側がすすんで損害賠償に応じてほしい、ということに「余地」を残したつもりなのかも知れない。
しかし、企業というものは利潤追求の組織なのだから、法律上の権利として認められないような「賠償請求」に善意で応じたりしたら、経営陣は、株主から「背任」で訴えられかねない。せいぜい、「応じないと企業イメージが悪くなる」というぐらいの理由がついてこないと、企業が「損害賠償」に応じることは考えにくい。
本当に、中国人元労働者たちの被害は補償されるべきだと思うなら、それを法律上、どう実現するか考えるのが裁判官の仕事ではないのか。そういう解釈をおこなう余地がまったくなかったのならともかく、十分そういう解釈をする余地があるにもかかわらず、それをおこなわず、企業の善意に期待するようなことでお茶を濁す、というのは、裁判官としての職責を放棄したものと思わざるをえない。
しかし、なんにせよ、西松建設は、最高裁判決の“いいとこ取り”で終わらせず、損害補償に応じるべきだ。そのことを強く主張しておきたい。
強制連行訴訟、中国人元労働者らの請求棄却 最高裁
[asahi.com 2007年04月27日13時15分]第2次大戦中に強制連行され、広島県内の水力発電所の建設現場で過酷な労働をさせられた中国人の元労働者ら5人が西松建設を相手に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が27日、あった。最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は「72年の日中共同声明は個人の損害賠償等の請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権を放棄する旨を定めたものと解され、裁判上は請求できなくなった」と初めての判断を示し、原告側の請求を棄却した。
西松建設に計2750万円の支払いを命じ、原告側を逆転勝訴させた二審・広島高裁判決を覆した。原告敗訴が確定した。
最高裁で強制連行をめぐる訴訟が実質審理され、判決が出るのは初めて。第二小法廷は、戦後補償問題は日中共同声明によって決着済みで、個人が裁判で賠償を求める権利はない、と司法救済上の「土台」を否定した。
一方、判決は「被害者らの被った精神的、肉体的苦痛が極めて大きく、西松建設が強制労働に従事させて利益を受けていることにかんがみ、同社ら関係者が救済に向けた努力をすることが期待される」と異例の付言をした。
日中共同声明の「戦争賠償の放棄」に関する条項は、サンフランシスコ平和条約などと違って個人の賠償請求権までも放棄したかどうかが明記されていないため、その解釈が分かれてきた。
第二小法廷はまず、原告らが強制連行され、同社が過酷な労働をさせて安全配慮義務を怠る不法行為があったとする二審の認定を支持した。
そのうえで、請求権が放棄されたかどうかを検討。戦後処理の端緒となった51年のサンフランシスコ平和条約の枠組みについて、「個人分を含め、すべての請求権を相互に放棄した。ここでいう放棄とは、請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく、裁判上請求する権能を失わせるにとどまる」との解釈を示した。
これを踏まえて、日中共同声明について「戦争賠償や請求権の処理で、サ条約の枠組みと異なる取り決めが行われたと解することはできず、あえて個人の請求権処理を未定のままにせざるを得なかった事情はうかがわれない」と指摘。「同声明5項はすべての請求権を放棄する旨を定めたものと解される」と結論づけた。中川裁判長のほか、今井功裁判官、古田佑紀裁判官の計3人の一致の結論。
原告らは98年1月、広島地裁に提訴。一、二審とも原告らが44年ごろに日本に連行され、同県加計町(現・安芸太田町)の「安野発電所」を建設するため、昼夜2交代で導水トンネル工事などに従事させられたと認定した。