ネオコン論客が「9条改正で日本はアジア全体から孤立する」

ネオコンの論客として有名なフランシス・フクヤマ氏が、『週刊東洋経済』4/21号で、「ナショナリズムという日本の厄介な問題」と題して、安倍政権の憲法9条改正の動きにたいして、「日本が憲法9条の改正に踏み切れば、……日本は実質的にアジア全体から孤立することになるだろう」と批判。

フクヤマ氏は、靖国問題について、「靖国論争の本質は、靖国神社に合祀されている12人のA級戦犯にあるのではない。真の問題は、神社の隣にある軍事博物館の遊就館にあるのだ」とずばり指摘。遊就館の示す、“日本はアジアを解放しようとした”などという主張を批判。さらに、村山談話で「戦争に関する謝罪」はおこなったが、責任については「真剣な議論を行ってこなかった」として、「日本は太平洋戦争に対する自らの責任をまだ認めていない」と批判しています。

さらに、「ナショナリズムをめぐる、現在の日本の状況は、アメリカを困難な立場に立たせている」とも指摘し、冒頭に紹介したように、このまま日本が憲法9条の改正にふみこめば「日本はアジアから孤立する」ことになるので、「アメリカはより慎重になる必要がある」としています。

ナショナリズムという日本の厄介な問題

フランシス・フクヤマ ジョンズ・ホプキンス大学教授

[週刊東洋経済 2007/04/21号]

 首相就任からほぼ半年、安倍晋三氏はアジア各国を憤慨させ、日本にとって重要な同盟国であるアメリカにも複雑な思いをさせている。こうした安倍首相の刺激的な言動を牽制するため、ブッシュ政権は安倍政権に口出しするだろうか?
 小泉純一郎前首相は型破りな指導者として、日本経済を復興させ、郵貯制度を改革し、自民党の派閥制度を打ち砕いた人物である。その一方で彼は、日本の新しいナショナリズムを正当化し、靖国神社参拝で中国と韓国を怒らせた人物でもある。そして安倍首相は、小泉前首相以上に積極的な自己主張を展開し、謝罪外交からの脱却を目指している。
 「靖国論争は、中国と韓国が日本に嫌がらせをするために利用している根拠のない歴史問題である」と信じている人は、靖国問題の議論に興味を示さないだろう。だが、靖国論争の本質は、靖国神社に合祀されている12人のA級戦犯にあるのではない。真の問題は、神社の隣にある軍事博物館の遊就館にあるのだ。
 遊就館に展示されているゼロ戦や戦車、機関銃の脇を通り過ぎていくと、「太平洋戦争の歴史」について記した文章がある。そこには、日本のナショナリストが主張する次のような趣旨のことが書かれている。
 「日本は欧州の植民地主義勢力の犠牲者であり、列強から他のアジア諸国を守ろうとしたにすぎない」
 その文章には、日本による朝鮮の植民地支配は、“パートナーシップ”であるとも書かれている。
 遊就館に記された主張を、「多元的な民主主義社会に見られる多くの主張の中の一つ」と擁護することも可能かもしれない。しかし日本には、日本の20世紀の歴史に関して、遊就館の主張に代わる見解を提示している博物館はどこにもないのである。
 歴代政府は、靖国神社は民間の宗教法人であるとの理由から、遊就館で主張されている歴史見解に対して政府には何ら責任がないと主張してきたが、そうした態度は説得力に欠ける。ドイツと異なり、日本は太平洋戦争に対する自らの責任をまだ認めていない。1995年に社会党(当時)の村山富市首相が、中国に対して正式に戦争に関する謝罪を行ったが、日本は責任の程度について国内で真剣な議論を行ってこなかった。そのうえ、日本は、遊就館の歴史説明に代わる説明を広めるという努力も行ってこなかった

渡部昇一氏に対し私が感じた疑問

 個人的な話をすると、私が日本の右翼と遭遇したのは、90年代初めに、渡部昇一氏とパネル討論を行ったときだった。渡部氏は上智大学の教授(当時)で、『「ノー」と言える日本』を書いたナショナリストの石原慎太郎氏の協力者である。討論相手に渡部氏を選んだのは、拙著『歴史の終わり』の日本版の出版社だった。
 何度か渡部氏に会っているうちに、私は彼が「関東軍が中国から撤退するとき満州の人々は目に涙を浮かべていた」と一般の人々の前で語るのを耳にした。彼によれば、アメリカは非白人を屈服させようとしており、太平洋戦争は詰まるところ人種問題だというのである。要するに、彼はホロコースト(ユダヤ人虐殺)を否定している人々と同じなのである。
 ただ、ドイツのホロコースト否定論者と違うのは、日本には彼の意見に共感する多くの人がいるということだ。事実、私の元には、南京虐殺がいかに大きな欺瞞であるかを説明した本が定期的に送り届けられてくる。さらに、小泉前首相の靖国参拝を批判する人々が、ナショナリストたちから脅迫されるという事態も起きている。加藤紘一代議士宅への放火はその例の一つだ。ただその一方で、まっとうな保守派である読売新聞は、小泉前首相の靖国参拝を非難し、戦争責任に関する優れた連載記事を掲載している。
 ナショナリズムをめぐる、現在の日本の状況は、アメリカを困難な立場に立たせている
 多くのアメリカの戦略家は、日米安全保障条約を拡大し、NATOのような防壁を構築することにより、中国を包囲したいと考えている。事実、アメリカは、冷戦終結の数日前から日本に再軍備を促し、軍事力の保持と交戦を禁止している憲法第9条改正を正式に支持してきた。
 だが、アメリカはより慎重になる必要がある。極東におけるアメリカ軍駐在の正当性は、日本の自衛機能をアメリカが代行することにある。日本が憲法9条の改正に踏み切れば、新しいナショナリズムが台頭している今の日本の状況から考えると、日本は実質的にアジア全体から孤立することになるだろう。
 憲法9条の改正は、安倍首相の長年の課題の一つである。安倍首相が第9条改正を推し進めるかどうかは、彼がアメリカの友人たちからどんなアドバイスを得るかによって決まるだろう。ブッシュ大統領は、日本のイラク政策支持に対する感謝から生まれた“よき友ジュンイチロウ”に対する配慮から、日本の新しいナショナリズムについて発言するのを控えてきた。しかし、日本がすでに自衛隊の部隊を撤退させていることを考慮すると、いずれブッシュ大統領は、安倍首相に対して率直に物を言うことになるだろう。

フランシス・フクヤマ 1952年生まれ。コーネル大学で西洋古典学を学んだ後、ハーバード大学大学院で政治学博士号を取得。ランド研究所、米国務省を経て、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)教授。『歴史の終わり』など著者多数。

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