安倍首相が、参院選で改憲を争点にすると言っているが、一昨年に発表された自民党の「新憲法草案」についてはすでに見直しを決めていることを見逃してはならない。争点だ、争点だと言いながら、安倍首相がどんな憲法をつくろうとしているのかはさっぱり分からない、そんな奇妙な事態が生まれつつあるのだ。
で、どういうふうに自民党案の「見直し」をすすめようとしているのかというと、一番参考になるのが、「新憲法制定委員会準備会」なるところが5月3日に発表した「新憲法大綱案」。同準備会には自民党国会議員だけでなく、民主党、国民新党の国会議員も名を連ねているが、その正体は「日本会議」国会議員懇談会。つまり、安倍首相に最も近い部分が発表した改憲案だ。
それをみると、
- 天皇が「元首」であることを明記する。もちろん、彼らといえども、さすがに戦前のように「天皇主権」の国にもどろうとは言えないので、「国民主権の議会制民主主義」が「統治の基本原理」だとは書いていますが。それでも、天皇が能動的に元首の権能を果たせるようにするし、宮中祭祀などを憲法上明記する(要するに、日本が宗教国家になる、ということだ)など、復古色満面。
- 9条関連では、防衛軍の保持を明記。「国際社会の平和と安定に寄与する」として、米軍と一緒になって海外で戦争する体制をつくる。さらに、国民の「国防の責務」を明記する。防衛軍創設にともなって、軍事裁判所を設置するといっている。これは軍人だけで、僕らには関係ないと思ったら大間違い。軍・軍事・国防に関連あるとなれば、僕らだって突然軍事裁判所の被告にされるかも知れない。
- 「人権制約原理の明確化」として、基本的人権を大幅に制限する仕組みを憲法の中に持ち込もうとしている。さらに、「わが国の歴史、伝統、文化に基づく固有の権利・義務観念をふまえた人権条項」と称して、たとえば政教分離をゆるめて、首相の靖国神社参拝などを合憲化する。「家族の保護」として「わが国古来の美風」を押しつけようとしている(「男女共学」だって、「我が国古来の美風」に反するといって禁止しかねない連中だから)。
- さらに、参議院については、国民による選挙をやめてしまおうとしている。憲法改正要件も、さらに緩和しようとしている。
ということで、9条を改憲して、防衛軍を明記し、米軍と肩を並べて海外で戦争する国にしようというだけでなく――それはそれで重大問題なのだけれど――、さらに、「我が国古来の美風」やら「我が国の歴史、伝統、文化に基く固有の権利・義務観念」など、そういうものを国が勝手に決めて、それを国民に押しつける、そんな国をつくろうとしているのだ。
憲法というのは、本来は、国家が勝手なことをやらないように、主権者である国民が国を縛るためのものなのだが、彼らは、そういう憲法論のイロハも分からず、あべこべに憲法で国民に特定の価値観を強制しようとしているのだ。それが安倍首相のいう「美しい国」なのだが、まったくもって「うざったい国」としか言いようがない。
国民投票法成立 自民憲法草案見直しも 安倍首相、発言を軌道修正
[産経新聞 2007/05/15 東京朝刊3面]国民投票法の成立を受け安倍晋三首相は14日、首相官邸で自民党の中川昭一政調会長と会談し、同党が一昨年に公表した新憲法草案の見直しも含め議論することで一致した。空席だった党憲法審議会長の人選を急ぐことも確認した。昨年9月の政権発足以来、手つかずできた党の憲法改正作業をスタートさせることを意味するが、首相には周到さも求められそうだ。
安倍首相はこれまで、草案の見直しはしないと明言してきた。今月2日、外遊先のカイロでの記者会見では「自民党の新憲法草案を基本に与党、全党で国民的な議論をしていきたい。第2次案の作成はまったく考えていない」と強調。11日の参院憲法調査特別委員会でも「新憲法草案をつくっている。(参院選で)こう考えていると示すのが誠実な姿だ」と、今の草案で参院選を戦う考えを示していた。
だが、中曽根康弘元首相や船田元元経企庁長官は見直しを唱え、2日の首相発言には、改憲派の民間団体関係者からも不満の声が出された。新憲法草案の前文は、当初案にあった日本の歴史、文化、伝統色が削除されて「法規集のようなもの」(中曽根氏)になるなど、「保守らしさ」が抑えられ、天皇や国民の権利義務、国会を含む統治機構などに関しても論議が生煮えの面があるためだ。
14日の首相と中川氏の会談は、保守色を強めるよう求める党内外の意見に配慮し、2日の首相発言を微妙に軌道修正したものだ。首相は「1次草案の中で当然、議論があるでしょう」と述べた。中川氏も「草案をこのまま3年後に出すわけにはいかない」とし、具体的な見直しの論点として前文、9条、憲法裁判所の3点を挙げ、首相も同意した。
党憲法審議会は、昨秋に憲法調査会が格上げされたものだが、会長職は空席で休業状態だった。もともと、国民投票法案の国会審議と新憲法草案の論議は並行して行えたはずで、空費したともいえる時間を取り戻すためにも、熱心な取り組みが必要だ。
一方、衆院段階での与党と民主党の実務担当者による法案の共同修正協議では、与党側が一時、民主党に譲歩し「公務員の政治的行為の制限」の適用除外でほぼ合意する場面があった。
公務員が労組などを通じ激しい政治運動を行うことになりかねない内容だった。しかし、首相サイドや自民党執行部は当初、これを問題視せず、自民党の有志が「憲法改正阻止法化する」と懸念の声をあげたのを受け初めて、軌道修正がはかられた。首相らが細かく目を配らないと、意外な失敗を招きかねないと思わせる一幕だった。
自民党国会議員は400人以上いるが、国民投票法案をめぐる会合は常時、役員を含め20人程度の出席しかなかった。首相や執行部が、議員の熱意を高める努力を行うことも必要なようだ。