今日の「朝日新聞」夕刊(7月20日付)の「金曜エンタ」欄で、映画「夕凪の街 桜の国」に主演した女優の麻生久美子さんが登場、こんなふうに語っています。この作品で、麻生さんは、昭和30年代初めの広島を舞台に、被爆者の女性・皆実を演じています。
「私には想像もつかない心の傷を抱えているのに、皆実は前向きでおちゃめでたくましい。『これだけは私がやりたい!』と、初めて思った役でした」
広島と長崎を訪れ、段ボール箱いっぱい資料を買い込んだ。読めば読むほど、自分の無知に腹が立ち、背負うものの大きさにおののいた。「理解することなど無理。知りたいと思うことが大切なんだ」。そう気持ちを切り替えて現場に臨んだ。
「夕凪の街 桜の国」は、もとは、こうの史代さんのマンガ。2003年、「夕凪の街」がWEEKLY漫画アクションに掲載され、2004年、双葉社から単行本が出版。同年の文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した作品です。
そして、今月28日から、それを実写映画化したのが、映画「夕凪の街 桜の国」
それにしても、自分が知らなかったことを恥じ、戦争のことを知らなければならないと思ったという麻生さんの感想は、とても大切なことだと思います。被爆の体験を「理解することなど無理」というのは、僕も大学で原水禁運動にかかわり始めたときに、くり返し悩んだ問題。で、その答えは、麻生さんが答えているとおり、「知りたい」あるいは「知らなければならない」と思うこと。それにしても段ボール箱一杯の資料を買い込んで、広島にも長崎にも行ったという行動力はお見事。
麻生久美子さんは、さらに続けて、こうも語っています。
そんな時代を知る人から、「しょうがなかった」という言葉が出る。「なぜそんなことが言えるんだろう。許せません」
「私も、戦争のことは怖いから水にすませようとしてきた。でも、私たちが知らなければ、下の世代に伝える人がいなくなる。そのことの方がずっと怖くはないですか」
そうなのです。もうすでに、被爆者は、一番若い人でも62歳。被爆者がいなくなることを密かに楽しみにしている人たちがいると思うと、知らずにはいられません。それが、「下の世代」の責任なのだろうと思います。
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