『資本論』の文章って…

『資本論』第2部、第3部は、マルクスの残した草稿をエンゲルスが整理したものだから、マルクスがあれやこれや考えながら書いたものがそのまま本文になっていて、読みにくい。「しかし」「しかし」がくり返されたり、「したがって」「それゆえに」でどこまでも文章が続いていたり、「ああでもない、こうでもない」と文章が錯綜していたりします。これは、エンゲルスの編集が悪いとか、翻訳が悪いとか問題ではなくて、もともとのマルクスの草稿がそうなのだから、どうしようもありません。

しかし、それにしても…という文章にぶつかってしまいました。(^_^;)

それは、たとえば『資本論』第3部 第1編第6章「価格変動の影響」のなかの次の部分。

 さらに、使用される機械の総量および価値は、労働の生産力の発展につれて増大するが、この生産力と同じ割合では、すなわちこの機械によって供給される生産物の増加と同じ割合では、増大しない。したがって、一般に原料が入り込む産業諸部門では、すなわち労働対象そのものがすでに以前の労働の生産物である産業諸部門では、労働の生産力の増大は、(1)いっそう多くの分量の原料が一定の分量の労働を吸収する割合によって、したがって、たとえば1労働時間のうちに生産物に転化され、商品に仕上げられる原料の総量の増大によって、表現される。こうして、(2)労働の生産力が発展するのに比例して、原料の価値は商品生産物の価値の常に増大していく一構成部分をなすが、(3)その理由は、原料の価値が全部、商品生産物の価値の中に入り込むからだけでなく、総生産物の各可除部分のなかで、機械の摩滅が占める部分と新たにつけ加えられた労働が占める部分との両者が恒常的に減少するからでもある。(新日本新書版『資本論』第8分冊、187ページ)

ドイツ語原文は以下のとおり。

Ferner: Masse und Wert der angewandten Maschinerie wächst mit der Entwicklung der Produktivkraft der Arbeit, aber nicht im selben Verhältnis wie diese Produktivkraft wächst, d.h. wie diese Maschinerie ein vermehrtes Produkt liefert. In den Industriezweigen also, worin überhaupt Rohstoff eingeht, d.h. wo der Arbeitsgegenstand selbst schon Produkt früherer Arbeit ist, drückt sich die wachsende Produktivkraft der Arbeit (1)gerade in dem Verhältnis aus, worin ein größeres Quantum Rohstoff ein bestimmtes Quantum Arbeit absorbiert, also in der wachsenden Masse Rohstoff, die z.B. in einer Arbeitsstunde in Produkt verwandelt, zu Ware verarbeitet wird. (2)Im Verhältnis also wie die Produktivkraft der Arbeit sich entwickelt, bildet der Wert des Rohstoffs einen stets wachsenden Bestandteil des Werts des Warenprodukts, (3)nicht nur weil er ganz in diesen eingeht, sondern weil in jedem aliquoten Teil des Gesamtprodukts der Teil, den der Verschleiß der Maschinerie, und der Teil, den die neu zugesetzte Arbeit bildet, beide beständig abnehmen.

まず下線(1)の部分。普通日本語では、基準となる分量の方が増えていって、それが一定分量のものを吸収する割合、などという言い方はしません。基準となる分量の方が一定でないと、文章として非常に分かりにくい。これは、実際にマルクスの文章がそういう書き方になっているので、訳者の責任ではありませんが、しかし、日本語としては、やっぱり非常に分かりづらい。こういうところは、思い切って訳し変えてもいいのではないでしょうか。

たとえば、「一定の分量の労働がどれだけ多くの分量の原料によって吸収されるかという割合によって」とすれば、ぐっと分かりやすくなります。まあ、ここまで意訳するとしたら、もっと簡潔に「一定分量の労働を吸収する原料の分量の割合によって」でもよいのですが。なんにせよ「いっそう多くの分量が一定の分量の労働を吸収する割合」という文章はいただけません。

次に、下線(2)の部分。「商品生産物の価値のつねに増大していく一構成部分をなす」というのは、いかにも直訳。もっと普通の日本語に翻訳すべきでしょう。たとえば、「労働の生産力が発展するのに比例して、商品生産物の価値のなかで原料の価値が占める部分はつねに増大していく」。

最後に、下線(3)の部分。まず第1の問題は、「??からだけでなく、??からでもある」という構文で訳されているところ。これは、nicht nur, sondern auch、英語で言うところのnot only, but alsoの構文ということになっていますが、ドイツ語をみると、nicht nurとあるものの、次の節はsondernだけでauchはありません。だからここは、本当に「??からだけでなく、??からでもある」なのかどうか、よく考えてみる必要があります。

文章の内容から考えると、原料価値が商品生産物価値の中に全部入り込むという理由だけでは、商品生産物価値に占める原料価値の割合が大きくなるということにはならないので、「??からだけでなく」という翻訳はあいません。つまり、ここは、nicht nur, sondern auchの構文ではなく、文字通り、「単に原料の価値が全部、商品生産物の価値のなかに入り込むという理由からではなく」という意味ではないでしょうか。

それから蛇足ながら、下線(3)の終わりの方に出てくる「恒常的に」という訳語。ドイツ語はbeständig。で、新日本訳では、「恒常的」とか「いつも」と訳されていますが、「いつも」といっても、「どんなときでも」という意味ではなく、「絶え間なく」とか「切れ目なく」という意味です。ここも、「労働の生産力が発展する場合はどうなるか」という話をしているのだから、「恒常的に」という訳語は不適当。むしろ「絶えず」減少する、とか「絶え間なく」減少する、と訳すべきでしょう。さらに、「総生産物の各可除部分」という表現が出てきます。「可除部分」というのはのは、aliquotenの訳語で、辞書的にはそれで間違いないのですが、ここでは、「可除」(割り切れる)かどうかは関係なく、総生産物を構成する1つ1つの商品という意味です。

ということで、これらをまとめると、ここの文章は、こうなります。

 さらに、使用される機械の総量および価値は、労働の生産力の発展につれて増大するが、この生産力と同じように、すなわちこの機械によって供給される生産物の増加と同じようには増大しない。したがって、一般的にいって原料が入り込む産業諸部門、すなわち労働対象そのものがすでに以前の労働の生産物である産業諸部門では、労働の生産力の増大は、一定の分量の労働がどれだけ多くの分量の原料によって吸収されるかという割合、すなわち、たとえば1労働時間のうちにどれだけたくさんの原料が生産物に転化され、商品に仕上げられるかという割合によって、表現される。したがって、労働の生産力が発展するのに比例して、原料の価値が商品生産物に占める部分はたえず増大していく。しかしそれは、単に、原料の価値が全部、商品生産物の価値のなかに入り込むからではない。そうではなくて、総生産物を構成する1つ1つの商品のなかで、機械の摩滅の占める部分と、新たにつけ加えられた労働の占める部分とが、どちらも絶え間なく減少してゆくからである。

あんまり分かりやすくなったようには、なかなか簡単には読めませんが、それでも現行版の邦訳よりは分かりやすいと思うのですが、いかがでしょうか。

なおここでマルクスが言っていることは、非常に当たり前のことです。

2倍の価値を持つ機械の導入によって、1個の商品を生産するのにつかう原料の分量は同じだが、同一労働時間に従来の4倍の商品が生産できるようになったとします。この場合、出来上がった商品1個あたりの価値をみると、機械からの価値移転部分は、4倍の商品に2倍の価値が移転するのだから、1個当たりでは2分の1になります。労働によってつけ加えられた価値は、生産力が4倍になったのだから、4分の1になります。原料からの移転部分は従来のままで変化しません。

したがって、新たな機械で生産された商品1個あたりの価値の内訳をみると、原料からの移転部分の占める割合は相対的に大きくなるが、それは、機械および労働によって新たに付け加えられた価値部分が小さくなったからである、ということです。

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