小沢一郎・民主党代表の論文だけでなく、『世界』(岩波書店)11月号の、他の論文も読んでみました。テロ特措法延長問題に関連しては、次の2本が面白かったです。
- 伊勢?賢治:インタビュー 日本は「美しい誤解」を生かせ
- 田岡俊次:「給油をやめると日米同盟は危うい」は本当か?
伊勢?さんは、もともと軍事のプロとして職業軍人が国連PKOなどに参加することはありうる、という立場です。この論文でも、
〔自衛隊の派遣としては、アフガニスタンの〕停戦監視というオプションもあった。DDR〔Disarmament, Demobilization & Reintegration 武装解除、動員解除、社会再統合〕の中立性のためには、非武装の将官で構成される国際軍事監視団が必要なのです。日本の現役自衛官が、敵対する武装集団の中に非武装で割って入って、武装解除の説得を行う。これは、平和憲法の精神を代弁するセクシーな活動でしょう。(165?166ページ)
※引用中の〔〕は、すべて引用者によるものです。
と書かれています。もっとも、この場合でも、「非武装の将官」が、というのがpointであって、そこにこそ「平和憲法の精神を代弁する」セクシーさがあるのだと思います。また、「今のアフガニスタンの現状で、日本のPRT〔地域復興支援チーム〕を出すことに私は反対です」とも明言されています。
で、興味深いのはアフガニスタンの現状についての指摘。まず、なぜアフガニスタンの治安が悪化したか、について、こんなふうに書かれています。
アフガニスタンの現状をお話しすると、その土台が崩れているのです。……逆説的に聞こえるかも知れませんが、その一員となったのが、私がかかわった武装解除です。……武装解除は「力の空白」を生むというのは当たり前のことなのです。この場合、武装解除した対象とはアメリカと一緒にタリバン戦を戦った北部同盟の軍閥たちです。……
ところが日本による武装解除は国際社会の予想に反して成功してしまった。しかも武装解除、国軍、警察、麻薬対策、司法というSSR〔治安分野復興〕の5つの柱のうち、成功したのは武装解除だけです。新国軍、新警察の創設は非常に遅れているし、司法はほとんど機能していない。予想していた通りの懸念がいま現実になりつつある。
治安悪化の要因は、「力の空白」以外にも、たとえば隣国パキスタンの情勢不安もあると思いますが、アフガン警察が最大の問題でしょうね。(163ページ)
さらに、ブッシュ米大統領が04年大統領選で再選をはたすために、「カルザイ再選が見込める大統領選を前倒しにさせた」、そのとき国際批判を免れるために「地方警察の大量生産」をやった、そのさい、武装解除で回収した武器だけでなく、ロシア製のカラシニコフを与えた、「これがいまの警察、即席警察なのです」。これが治安を悪化させているとして、伊勢?氏は、「いったい何のために武装解除で武器を回収したのか」とも言われています。
その結果、いまアフガニスタンでは、多国籍軍は誰と戦っているのか分からない状態になっていると指摘されています。
武装解除後解任されていた元軍閥もしくはその司令官たちがマフィア化しています。いま何か事件を起こしてもタリバンのせいと言えばいいわけですから。つまり、掃討作戦の多国籍軍は、誰と戦っているのか分からない状態なのです。こうした状態のアフガニスタンで、日本がいったい何ができるか。テロ特措法についての議論には、こうした視点は全くないですね。(164ページ)
さらに、インド洋での給油問題については、「日本の油がイラクに行っているというのも当たり前」(164ページ)、「アメリカにとってはアフガン戦とイラク戦とは一直線上にあるのです。それを切り離して考えているのは日本だけです」(165ページ)とも指摘されています。
OEFについても、次のように指摘されています。
今、現地ではOEFの空爆による二次被害が深刻です。二次被害で一般市民が死ぬ。昨年ついにカルザイ大統領は、二次被害が多すぎる、いい加減にしてくれという声明を出すまでに至った。……このまま一般市民の憎悪がひろまると中庸な人々もテロリストになってしまう。……
二次被害の問題は、ISAFやPRTからも指摘されるようになりました。彼らは、治安維持活動の傍ら、地方復興を真剣にやって地元の信頼を得ている。人心掌握に成功し始めているのに、そこでOEFが空爆をして、また憎悪が増す。だから「不朽の自由作戦」は自分たちの地域ではやるなと苦情を言い始めています。この問題はこれからさらに大きくなるでしょう。日本がインド洋で支援しているのは、一般人を殺しているこの作戦の方です。(167ページ)
また、
OEFはNATO加盟国にとってNATO条約第5条の「集団的自衛権」の行使。ISAFは、アフガンの治安維持のために国連が国連憲章第7章に基づき全国連加盟国に参加を呼びかけた「国連的措置」。……法的な根拠の違いは明確です。(167ページ)
とも指摘されています。
では、日本としてはどうしたらよいのか。伊勢?さんの指摘はこうです。
アフガニスタンでは、人道援助が効力を発揮できる土台、つまり基本的な治安体制がまだできていないのです。日本が主体的にかかわらなければならないのはやはりSSRで、これはODAでできる。危険なことは間違いないけれど、武装解除は終わって、いまやっているのは警察力による銃刀法管理ですから、警察協力をもっと表に出すという考えもありますね。……
そして政治的にはタリバンとの和解です。(168ページ)
まとめですが、アフガン戦への日本政府の対応をみると、3つの点で問題があると思う。1つは世界テロ戦の土台の部分、つまりSSRの問題を見ていないこと。2つ目は、テロ特措法の議論にあたって、集団的自衛権と国連憲章第7章に基づく国連的措置をごっちゃにしていること。もう1つは、対米協力といっても日本政府が心を奪われているのは、実は米の一時的な政権への協力であって、武装解除のようにほんとうに米軍から戦略的に貢献されたと感謝されるような貢献ではないこと。サマワとインド洋での自衛隊の活動は、世界テロ戦の軍事的ニーズ的にいうと「大した」ことではないし、日本にしかできないことではありません。相手の補給艦に給油するくらい、民間業者でもできる。アメリカ国内でイラク改選への反省が進む中、同盟国日本が売ったと思っている「恩」は、どんどん意味をなさなくなってゆくでしょう。(170ページ)
さて、もう1つは、田岡氏の論文。僕自身は、あまり田岡氏の議論に信頼は置いていないのですが、これは重要な指摘。すなわち、日本の給油する燃料でないと、イギリスやパキスタンの艦船は走れない、という議論についての部分です。
まず、パキスタン海軍の主力水上艦は、イギリスで30年前に建造された8隻の「アマゾン級」フリゲート艦で、フォークランド戦争で2隻が沈没したあと、残った6隻がパキスタンに売却された、というのです。で、イギリス艦船は、米軍との「相互運用性」がきちんととられている。だから、パキスタン艦船も、米軍と燃料は共有できるはずだというのです。
また、海上自衛隊の燃料も、それらと同じ、「軽油2号・艦船用」であり、演習などで米軍港に寄港した場合は、それと同等の米海軍の燃料「F76」を受け取るし、日本側から米艦船に「軽油2号」を給油することも多い、というのです。つまり、日・米・英・パキスタンのあいだで、燃料に違いはない、というわけです(156ページ)。
さらに、とどめとして紹介されているのが、吉川栄治・海上幕僚長の9月11日の記者会見。このなかで、吉川幕僚長は、「日本の燃料でないとパキスタンの軍艦は動かない、というのはほんとうか」という質問に、「それはないと思う」と否定。「どの国の軍艦も燃料清浄器を付けているのではないか」との質問には「普通であれば付けている」と回答し、他国補給艦によるパキスタン軍艦への給油は「基本的に可能だ」と答えている、のです(157ページ)。
ということで、この吉川幕僚長の記者会見のニュースを貼り付けておきます。
海自の補給活動、他国の油でも支障ない? 根拠に疑念(朝日新聞)
海自の補給活動、他国の油でも支障ない? 根拠に疑念
[asahi.com 2007年09月12日07時51分]インド洋における海上自衛隊の補給活動に絡んで、日本が提供する高品質な燃料が必要とされてきたパキスタン海軍の艦船が、実際には米国など他国が提供する燃料でも活動できる可能性が高いことが分かった。日本政府や米国側の説明と矛盾するうえ、海自派遣の根拠の一つが崩れることになるだけに、政府・与党が現在検討している新法の議論にも影響が出そうだ。
吉川栄治・海上幕僚長は11日の記者会見で、日本の燃料でなければパキスタンの艦船が動かないかどうかについて、「それは(動かないことは)ないと思う」と否定。米国など日本以外の参加国による補給の代替も「基本的には可能だ」と語った。
吉川氏は海自が提供する燃料の品質について「(海自の補給艦は)燃料清浄器を回して非常にクリアな油を提供するよう心がけている」と述べ、上質であることを強調したが、燃料清浄器は「普通であれば(他国の補給艦も)つけている」とも話した。パキスタン海軍は英国製のガスタービン艦を保有している。
防衛閣僚経験者の一人は、米国が日本に給油を求める理由について「無料で配っていること、(イスラム国家の)パキスタンが米国から給油を受けるとパキスタンの国内世論がもたないからだ」と説明している。
シーファー米駐日大使は先月3日、朝日新聞などの取材に対し、「パキスタン海軍の駆逐艦は高品質な油が必要だ。日本が参加しなければ、米国だけでなく、パキスタンが活動を続けられるかということに影響を与える」と語り、日本に補給活動を継続するよう強く求めた。
外務省の谷内正太郎事務次官も今月10日の記者会見で「パキスタン海軍の船は、自動車で言えばハイオクを使わなければいけない艦艇で、これを提供するのは自衛隊の補給艦しかない状況だ。それが使えなくなると、(パキスタンは)行動が難しくなる」と述べた。
田岡氏は、さらに、洋上での給油について、パキスタン海軍の「主たる哨戒海域はパキスタン海軍の主要基地グワダール港の前面だが、日本の補給艦はアラビア半島の南西沖で待機しているから、給油するには母港に戻る方がずっと近い」とも指摘され、結論として、ズバリこう指摘されています。
単に「日本がタダで油を入れてくれれば喜ばしい」というに過ぎない。(157ページ)