11月28日、日本経団連の研究機関である21世紀政策研究所が「わが国税制改革への提言」(研究プロジェクト「税制改革の国際的潮流と抜本的税制改革のあり方」中間報告書)を発表。
21世紀政策研究所「わが国税制改革への提言」(PDFファイル、164k)
21世紀政策研究所は、「経団連の政策立案・推進能力の強化に貢献する」として、2007年度から大幅な体制強化をおこない、経団連直々に研究プロジェクトを決定して、まさに財界のシンクタンクとしての役割を果たしている。そうした新体制のもとで、これまでに出された報告は、「新たな事業体税制(法人税関係)のあり方」と「ポスト京都議定書に向けた新たな枠組の提案」と、今回の「わが国税制改革への提言」。いかに財界が「税制改革」を重視しているかというのが分かる。
で、提言を見ていくと、
所得税については、現在の日本の所得税について、次の3点を特徴として指摘。
- 所得控除が大きく、その結果、低中所得者の税負担が大幅に軽減されている。
- ほとんどの世帯において、社会保険の負担は、所得税に比べて大きい。
- 年金受給世帯の税と社会保険料負担は、給与所得世帯よりはるかに低い。
そこから、「所得控除の縮小」や、「年金世帯と給与所得世帯を等しく扱う」として高齢者への課税強化を打ち出している。
また、「消費税の社会保障財源化」を打ち出しているが、「消費税の社会保障財源化」といっても、消費税を財源とする「特別会計を新設すること」でもないし、「社会保障費を既得権益化すること」を目的としている訳ではないと、わざわざ断っているのが注目される。すなわち、「消費税率を積算根拠として、社会保障給付の国庫負担額」を想定し、「社会保障給付の国庫負担を全額消費税収で賄える程度に国民に消費税負担を求める」というもの。わざわざ「一般財源としての消費税」と断っている。つまり、何にでも使える財源として消費税を確保しておきながら、国民に対しては、社会保障給付が増えたら自動的に消費税率が上がるようにしようということだ。「社会保障を充実してほしい」という国民をおさえこむこともできる。一石二鳥のやり方、という訳である。
注意すべき点は、1つには、消費税率を「社会保障給付」に対応させるとしている点。社会保障給付の財源には、当然、個々人の保険料負担も含まれるのだが、それも込みで、社会保障給付と消費税収をリンクさせようというのだ。ここで、さっきの「ほとんどの世帯において、社会保険の負担は、所得税に比べて大きい」という議論が関係してくる。提言では、これを一言で、「平均的な給与所得世帯にとって『重いのは税ではなく社会保険』なのである」と表現している。そして、「負担は、税と社会保険をあわせた負担と考える」という改革の方針を打ち出している。つまり、「みなさんの負担の重い社会保険料をなくしましょう」という口実で、消費税の大幅引き上げをやろうということだ。
もう1つ、この議論で見逃してはいけないことは、現在は、社会保険料は、個人だけでなく、企業も負担しているということ。しかし、社会保障給付を全額消費税で賄いましょうということは、要するに、いま企業が負担している社会保険料はチャラにします、ということ。これは、実は財界の長年の要求。厚生年金、医療保険、失業保険などの社会保険料は、現在、個人と企業が2分の1ずつ支払っているが、これがゼロになれば、どれだけ企業は儲かることか。他方、その分も含めて、全部消費税で負担することになると、結局、最終的にそれを支払うのは消費者である国民。したがって、単純に考えれば、自分の社会保険料相当分だけ消費税があがるだけではすまずに、企業負担に相当する分までも消費税として負担させられる、ということになる。商売をしている人など、国民健康保険・国民年金加入者の側から言えば、自分の負担はまったく減らず、そこにさらに企業の社会保険料分まで負担させられる、という計算になる。
こういうふうに、財界の考えている「税制改革」なるものは、基本的に国民的な増税路線なのだけれども、それをどう国民に受け入れやすく提起するか――そこに、この「提言」の苦労があるという訳。
で、その「アメ」は何かというと、1つは、さっきいった「税と保険料とを合わせた負担を考える」として、社会保障給付を全額消費税に切り替えるというやり口。
もう1つは、「所得再配分機能の強化」の「第1ステップ」として取り上げられている「児童税額控除の創設」。最初にも指摘したように、この提言がめざす所得税の税制改革の基本方向は、所得控除の縮小にある。で、ただ控除を減らすとストレートに増税になるので、そこで考え出されたのが、「児童税額控除」。15歳未満の子育て世帯にたいして子ども1人について2万円程度の税額控除を実施しようという方法。
税額控除方式は非課税世帯には何の恩恵ももたらさないが、一般のサラリーマン世帯なら、納税額が年間2万円とか4万円とかいうことはあり得ないから、その分減税になる、という訳だ。
しかし、子どもが16歳、つまり高校1年生になったら、この恩恵はなくなってしまう。教育費でも食費でも一番負担が重くなる時期に、どかんと増税がおそってくる訳だ。
他にも、資本所得(配当や株・証券の売買による所得)への課税について、これまでは、他の所得と合わせて累進税率を適用する総合課税が望ましいとされてきたが、提言は、「金融所得」(資本所得から、いつのまにか金融所得に入れ替わっている)については「分離しつつ定率で簡素な税制を構築すべきだ」としている。つまり、配当やキャピタルゲインについて、「本則分離課税」にする、税率を一元化し、さまざまな金融所得について損益を通算し、損失繰り越しができるようにしようというのだ。
さらに、配当については、企業が法人税を払い、配当を受け取った人間がまた税を払うのは「二重課税」だとして、特別に「課税所得を半分にする」ことを提案している。いまでも、配当課税は、本来20%のところを臨時に半分(10%)にしていて、それを来年度以降続けるかどうかが大問題になっているが、提言の主張は、要するに、株配当10%課税を永久化せよ、というもの(もちろん、金融所得にたいする基本税率が20%以下になれば、配当課税はもっと軽くなる)。この提言どおりになれば、庶民は10%をはるかに超える消費税を負担させられる一方で、たとえば配当だけで19億円も受け取っているトヨタの創業親子は10%の税金だけですむということになるのだが…。
なんにせよ、財界が「税制改革」論議をどっちへもっていこうとしているかを示す大事な資料。ぜひ多くの方が研究されることを望む。
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