古墳時代の前までは日本の親族は双系だった

田中良之『骨が語る古代の家族』(吉川弘文館)
田中良之『骨が語る古代の家族』(吉川弘文館)

人の「歯」を使って、縄文時代、弥生時代、古墳時代の墓に埋葬された人骨の血縁関係を調べた本。

歯冠の形には高い遺伝性があるそうで、それを使って、1つの墓、墳墓、あるいは集団墓に埋葬されている人たちの血縁関係を調べるというものです。その結果、明らかになった結論は、

  • 同じ墓に埋葬されている男女の間にも血縁関係が認められる。
  • 他方、非血縁男女を一緒に埋葬した例はない。
  • したがって、この時代の社会の基本単位は血縁にもとづく氏族(あるいは出自集団)である。
  • そのさい、父系も母系もあった。つまり、双系である。
  • しかし、古墳時代になると、墓に最初に埋葬されるのは男だけになり、あとはその血縁者(息子、娘)が追葬されるようになる。(父系化の始まり)
  • やがて、男だけでなく、その妻も一緒に埋葬されるようになる。これは家父長制大家族であり、農業共同体の段階に該当する。

というもの。

同じ墓に成人男女が埋葬されていた場合でも、2人の間には血縁関係が認められる、というのは、なかなか興味深い発見です。つまり、2人は夫婦ではなかったということであり、逆に言えば、夫婦でも墓は別だったということが分かるわけです。このことは、夫婦が社会の基礎単位にはなっておらず、社会は血縁に基づく「出自集団」「氏族」が基本だったということを意味します。

しかし、いまひとつスッキリしない点もありました。歯は残りやすいから、たくさん調査できるのだろうと思ったのですが、実際に血縁関係が調べられた例は意外に少ないこと。また、追葬されている場合に2人の埋葬時期の違いをどう想定するか――それによって、2人がキョウダイなのか、親子なのか、解釈が分かれてくるのですが、ここらは、あれこれの仮定をおいて推定するしかないようです。

だから、はたして著者の結論がどこまで検証されるか、もうすこしいろんな検討が必要だと思われますが、それにしても興味深い研究であることに代わりはありません。

日本の原始・古代社会を考えるときに、当時の親族組織・社会組織がどうなっていたかという問題が、重要な割に、意外とはっきりしません。古代史に限ってみても、古代の戸籍に記された郷戸・傍戸の実在をめぐる論争がありますが、長年論争されている割に、決着がつきません。それにもかかわらず、家父長制を前提とした石母田説が支配的で、そのあたりがいったいどうなっているのか、さっぱり分かりません。そういう中で、最近は、双系説を唱える研究者が増えていますが、故・関口裕子氏は、そもそもこの時代に継続的・安定的な家族が成立していたのか? という根本的な問題を提起されたものの、これもきちんと議論されてないようで、どうもはっきりしません。

他方、モーガンの『古代社会』をもとにしたエンゲルス説については、いろいろ毀誉褒貶が激しいのですが、その割にちゃんとした理論的批判がおこなわれているようには思われません。日本では、ヨーロッパのような「女性の世界史的敗北」はなかったということもよく言われますが、はたして本当にそう言い切れるのかどうか(たとえば、埼玉・稲荷山古墳から出土した6世紀の鉄剣に記された銘文は、明らかに父系になっています)。

それにもかかわらず、竪穴式住居に一緒に住んでいる人間がなんとなく「家族」だと考えられ、それが男女であれば当然のように夫婦だとみなされて、すまされてしまっている部分があります。そのあたりから、きっちり検証する必要があるという著者の主張には大賛成です。

田中良之氏の研究室↓。
田中良之:九州大学大学院比較社会文化研究院環境変動部門基層構造講座

【書誌情報】
著者:田中良之/書名:骨が語る古代の家族――親族と社会/出版社:吉川弘文館/発行:2008年4月/定価:本体1,700円+税/ISBN978-4-642-05652-6

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