実質賃金率と総供給関数

岩波文庫で新訳が出たケインズ『一般理論』を読んでみたが、分かるところといまいち分からないところが、マダラに残ったので、新野幸次郎・置塩信雄共著『ケインズ経済学』(三一書房、1957年)を読んでみた。

そこで分かったことは、ケインズ理論を理解する上で、総供給関数というものをきちんとつかむことが大事だということ。

ケインズは、一定の雇用量が企業によって需要されるためには、それによって生産される企業の満足しうる価格で販売されるだけの需要がなくてはならない、と考えた。つまり、生産物にたいする需要がどれぐらいあるか、ということが、企業の生産量を決め、それが企業の雇用量を決定する、ということである。

したがって、ケインズ体系において、生産物にたいする総需要量と、それに対応して企業が需要する総雇用量の関係を示す「総供給関数」が非常に重要になる、ということである。ところが、ケインズ自身も「総供給関数」についてあまり多くは語っていないし、解説書でもこれを取り上げているものは少ない。(同書85ページ、それはなぜか? というのは、後で取り上げられている)。

しかし、社会の総需要価額が仮に=10兆円だとしても、各企業の需要する総雇用量は不確定である。(86ページ)

  1. 総需要価額が10兆円であっても、これが各種生産物にどのように分布するかによって総雇用量は変化する。
  2. 総需要価額が10兆円で変化しなくても、貨幣賃金率が変化すれば総雇用量は変化する。
  3. 総需要価額が10兆円であっても、各企業内ので自家消費の程度が変われば、総雇用量は変わる。

1について、ケインズは、総需要の各種生産物への分布はほぼ一定していると仮定する。
2について、ケインズは、労働単位で測った総需要価額を問題にすることによって解決する。
3については、「売上金額」を、通常の意味での売上額から「使用者費用」を差し引いた額と定義することによって、回避している。

この「使用者費用」というのは、「今期に他の企業から買い入れた金額A1と前期から持ち越された生産物、仕掛品、設備等の価額総計G0の合計 ((ケインズの本の中では、G0については、より細かく、「前期から持ち越された生産物、仕掛品、設備等」が今期まったく使用されず、なおかつもっとも価値の高い状態に維持するためにいくらかの費用をかけた場合の、今期末における価額の総計から、その維持のためにかけた費用を差し引いた額とされている。これは、前期末の価額総額ではなく、今期末における価額総額に換算するための手続きである。))から、次期に持ち越される生産物、仕掛品、設備等の価額Gを差し引いたもの」(88ページ)である。

以上の事情を考慮に入れて、企業をして総雇用量Nを維持させるに必要な労働単位で測った総売上金額Zwを決める函数として、総供給関数は次のように与えられる(同書89ページ)。

  Zw=φ(N)

ケインズは、「労働単位で測った総需要価額」を問題にしている。これは、総需要価額を貨幣賃金率で除したものである。なぜ貨幣賃金率で除しているかというと、ここでケインズは、貨幣賃金率が変化すれば、総需要価額が変わらなくても、総雇用量が変わるからである。つまり、ケインズは、実質賃金率で測った総需要を問題にしているのだ。

ところで、総供給関数は何を意味するか。

  1. 総供給関数は、企業が満足して一定の総雇用量を維持してゆくためには、いくらかの労働単位で測った総売上金額が必要であるかを決定するものである。
  2. それは同時に、労働単位で測った国民所得Ywと総雇用量Nとの関係を示す。
      Yw=φ(N)
    しかし注意すべき点は、総雇用量と労働単位で測った国民所得との関連は、決して物理的、技術的なものではなく、企業の態度によって決まるものである。なぜなら、総供給関数は、企業が、これだけの労働を雇用しても引き合うと考えるための売上金額を示すものだからである。
  3. 総供給関数は、第3に、国民所得の分配の仕方を決める。国民所得のうち労働者に分配される割合μ=wN/Yであるが、Yw=Y/wはNの関数であるから、μ=N/φ(N)となり、一定の雇用水準、したがって労働単位で測った国民所得の一定の水準に対応する分配率は決まってくる。分配率は、国民所得の家で消費される割合を決定する重要な要因であり、したがってケインズ体系では、総供給関数と分配率との関係は当然検討されなければならないはずだが、取り上げられていない。

総供給関数は増加関数である。このことは、次のことを意味する。

  1. 企業は労働単位で測った企業利潤が増加するのでなければ、総雇用量を増加させない(91ページ)。
  2. 労働単位で測った企業利潤が増加しなければ、企業は雇用量を増加しない(ただし、このことをケインズは明言していないが。92ページ)。
  3. 分配率が労働者にとって悪化するのでなければ(つまり、企業にとって好転するのでなければ)、企業は雇用量を増加しない(92ページ)。

消費関数が同じままでも、総供給関数が下に移動すれば(つまり、企業がより少ない利潤でも、同じだけの労働を雇い入れて生産活動をおこなうようになれば)、総雇用量は増大する。

だから、総供給関数がどうなっているのか、ということは、国民所得理論を考える場合、非常に大事だということだ。

これについて、置塩氏はいくつか論文を書いているが、それらの多くは『現代経済学II』に収録されているので、残念ながら僕の手元にはない。う??、つくづく日本の古本屋に出たときに買いそびれたのが悔やまれる?。(T^T)

ところで、『経済』6月号に、神戸大の中谷武氏が「経済学の学び方――賃金と利潤を中心にして」という論文を書いておられる。そこでも中心問題になっているのは、実質賃金率の問題だ。初めて大学で経済学を学ぶという人にむかって、あらかじめマルクス経済学だ、近代経済学だというのではなく、どんな立場であれ賃金の問題は経済学にとって重要な問題だというところから説き起こして、名目賃金と実質賃金との違い、実質賃金率と利潤率との相反関係、生産技術と利潤率と実質賃金率との関係、「マルクスの基本定理」と「置塩の定理」の意義、ケンブリッジ方程式の意味、実質賃金率、利潤率を決定するものは財市場の均衡か、労働市場の均衡かという問題などを論じ、資本をして実質賃金率の引き上げを受け入れさせるような「マクロ的な視点に立った政府の行動」の意義を明らかにされている。

その途中では、賃金の引き上げは、個別企業にとっては利潤率を低下させるが、賃金所得の増大を通じて生産物にたいする需要を生み出し、売り上げの増大は企業にとってプラスの結果をもたらすことも論じられ、これがポスト・ケインジアンのいう「賃金主導型経済」の実現可能性であることも明らかにされている。ただし、賃金主導型経済が実現可能であるとしても、それはそのままでは実現する訳ではない。あくまで、企業に、引き上げられた実質賃金率のもとでも、生産水準、雇用量の水準を維持させることが必要であり、そのために上述のとおり「マクロ的な視点に立った政府の行動」が求められる訳だ。

こういうふうに考えていくと、実質賃金率という角度から経済をとらえることによって経済をダイナミックにとらえることができること、およびケインズ体系における総供給関数の重要性が分かる。

話が荒っぽすぎるけれど、それは僕の頭がお馬鹿だから。詳しく知りたい人は、当該著作および論文を参照されたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください