火曜日、都響第664回定期演奏会でサントリーホールへ。プログラムは以下のとおり。(今年22回目のコンサート)
- シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 op.54
- エルガー:交響曲第3番 ハ短調 op.88 (アンソニー・ペイン補筆による完成版)
指揮はイギリス人のポール・ワトキンス、ピアノ・ソリストは中野翔太。
前半シューマンのピアノ協奏曲は、当初はピアノと管弦楽のための単一楽章の「幻想曲」だったものに2つの楽章を付け足して完成させ、クララ・シューマンの演奏で初演されたという作品。ソリストの中野翔太君は弱冠24歳。演奏の“深み”を望むのは無理にしても、やや固い感じで、いまいちオケとしっくりこなかった。というより、オケの方が多少緩んでいたような気がする。
後半は、エルガーが1933年から作曲を始めたものの、完成させないまま亡くなってしまったというまぼろしの交響曲第3番。残された130ページものスケッチをもとに、イギリスの作曲家アンソニー・ペインが1997年に完成させた?というもの。
結論からいうと、総譜になっていたという第1楽章の出だし、第1主題の部分こそ、作品としての完成度が高いものの、ペインの補筆部分になると、とたんに間延びしてしまった。残されたスケッチをどれぐらい使ったのか分からないが、交響曲としての完成度というか、音楽的な稠密度が全然低くて、冗漫な感じになってしまう。スケッチや資料が多く残されていて、比較的異論の少ないといわれる第2楽章は、それでも多少聴きどころがあるが、とくに第1楽章の後半と第4楽章はさっぱりだった。
プログラム誌に載っていた渡辺和彦氏の記事によると、大作曲家の未完成作品を「完成させる」という試みはいろいろあるらしい。シューベルト交響曲第8番「完成」とか、ベートーヴェンの交響曲第10番などというものまであるらしい。そのなかで、渡辺氏は、クック版のマーラー交響曲第10番について、最近は「クック版のマーラー第10番の存在を抜きにしては、晩年のマーラーは語れない」というまでに評価を上げている、と指摘されている。しかし、個人的な好みをいわせてもらえば、クック版のマーラー第10番は、はっきりいっていただけない。マーラーが完成させていれば、もっと細部まで念入りに音と響きを仕上げたに違いない。クック版には、それがないと思うのだが、どうだろうか。
今回のエルガー交響曲第3番についても、同じことがいえるのではないか。僕自身はエルガーは好みの作曲家ではないし、作品もあまり聴いたことはない。それでも、ペインの補筆が、全体として完成度、音楽的な稠密度で見劣り(聴き劣り?)することは確かだと思う。
【演奏会情報】 東京都交響楽団第664回定期演奏会 Bシリーズ
指揮:ポール・ワトキンス/ピアノ:中野翔太/会場:サントリーホール/開演:2008年6月17日 午後7時