毎日放送VOICE いま解き「『蟹工船』ブームは何を映し出す?」(2008年6月27日放送)
6月27日(金)、毎日放送VOICEの「いま解き」コーナーで、「『蟹工船』ブームは何を映し出す?」と題して、『蟹工船』が紹介されました。番組のなかでは、共産党の志位和夫委員長も登場しています。
毎日放送VOICE いま解き「『蟹工船』ブームは何を映し出す?」(2008年6月27日放送)から
動画は、こちら↓からどうぞ。wmvファイル、約26MBです。右クリックでダウンロードしてから見てください。
『蟹工船』ブームは何を映し出す?(毎日放送)
毎日放送VOICE いま解き「『蟹工船』ブームは何を映し出す?」(2008年6月27日放送)から
最初に『蟹工船』に着目したという書店員の女性が、「完全に仕掛けました」と語っていますが、これは、いまの『蟹工船』ブームが仕掛けられたものだという意味ではありません。彼女自身が「昔の本だが、直に伝わるライブ感を感じた」と語っているように、現代の非正規雇用で働く若者たちの姿が『蟹工船』に重なるという現実に、彼女が「これだ!」と感じたということを表わしています。
それから、『蟹工船』ブームに懐疑的として、東大の佐藤俊樹准教授が登場します。
まあ、先日、このブログでも紹介した『女性セブン』の企画でも、『蟹工船』を読んで「いまの自分は、これほど悲惨じゃない」と思って前向きになれたという人がいることも紹介されています。ブームというから読んでみたけど、あまり共感しなかった、という人もいるでしょう。感じ方が人それぞれであることは当たり前です。とくに佐藤准教授がおつとめの東大なんかでは、「別世界のかわいそうな人たちの話」と思って読む学生が多いかも知れません。
しかし、それでは、どうして『蟹工船』がここまで売れたのか、説明がつかないのではないでしょうか。蟹工船のなかで非人間的な扱いを受けた労働者たちが、団結して立ち上がってゆく。その姿に、「自分も声をあげていいんだ」「声を上げれば変えられるんだ」と励まされた、勇気をもらったという声が寄せられている。そこに、『蟹工船』の魅力があるのではないでしょうか。
なるほど、『蟹工船』に共感を寄せる若者たちの多くは、しっかりとした信念をもった「左翼」ではないでしょう。「左翼」とか「右翼」とかいうこととは関係なく、『蟹工船』を読み、そこに自分たちの置かれている状況を重ねてとらえ、暴力に屈せずに立ち上がってゆく労働者たちに共感もするし、自分も一歩でも前に足を踏み出そうと思う――それが、多くの受けとめ方ではないでしょうか。だから、そのかぎりで言えば、佐藤准教授のように、これは「バーチャル左翼だ」ということもできるかも知れません。
しかし、そこには、志位委員長もいうように、新自由主義、市場原理主義で野蛮な搾取が社会に横行するようになってきた、このままでは自分たちの未来はない、これを何とか大もとから変えなければいけない、そういう気持ちの広がりが反映していることは間違いありません。そこに、いまの『蟹工船』ブームのいちばん大事な核心があると思います。
あと、「革命か?」といってバックに出てくる映像が、昔のゲバ学生というのがいただけません。それこそ、時代遅れのカッコ付き「左翼」でしかありません。別に、『蟹工船』に共感する若者たちも、そんことをやってみたい訳ではないでしょうし、革命というのは、あんなふうにゲバ棒を振り回すことではありませんから。
番組の大要は、毎日放送のホームページ↓に紹介されています。
[2008/06/27]いま解き:『蟹工船』ブームは何を映し出す?(毎日放送VOICE)
いま解き「『蟹工船』ブームは何を映し出す?」
[毎日放送 VOICE 2008/06/27 放送]シリーズ『いま解き』。
今回は、最近よく耳にする『蟹工船』ブームです。
教科書などで習ったことはあるものの、実際に読んだという人は少ないのではないでしょうか?
80年前の悲惨な労働実態を描いた古典的名作が、今、なぜか若者を中心に売れているというのです。
その背景にあるものは何なのか?
『いま解き』が迫ります。どういう訳か、空前の『蟹工船』ブーム。
80年前のプロレタリア文学が、突然売れ出した訳とは?
ブームの火付け役は、東京・上野にいました。
上野駅構内の書店で働く、長谷川さん。
今年初め、何気なく読んだ『蟹工船』に書店員の勘が働きました。< ブックエキスプレス・長谷川仁美さん>
「これは面白いんじゃないか。昔の本だが、直に伝わるライブ感を感じた」蟹工船とは、大正から昭和初期、出稼ぎ労働者たちを乗せて北海でカニを獲り、カニ缶に加工する船のこと。
その労働環境は過酷で、現場監督による労働者へのリンチや虐待が絶えませんでした。
作者は、当時26歳だった小林多喜二。
蟹工船の労働者たちが、暴力的な現場監督に虐げられながら、次第に団結し、立ち上がっていくさまを暑苦しいほどにリアルなタッチで描きました。
最近までフリーターだった、書店員・長谷川さん。
早速、蟹工船150冊を仕入れ、POPと呼ばれる手書きの宣伝文をつけて、店の1番目立つ本棚で売り出しました。
決めぜりふは、「ワーキング・プア?それって蟹工船じゃないか?」< ブックエキスプレス・長谷川仁美さん>
(Q.以前の蟹工船の売れ行きは?)
「1か月に1冊売れればいいかな。今は週200冊を超えている。まさかという感じ」ブームは全国に広がり、これまでの数十年間は年に5,000冊ほどしか売れなかった蟹工船が、ここ3か月で35万部とベストセラー作家の新刊並みの売れ行きをみせたのです。
< 新潮社担当者>
「こういう古典的名作、あるいは純文学的作品で、こういうケースは記憶にない」それにしても、なぜ、今、80年前のプロレタリア文学に人々は魅せられるのか。
千葉県我孫子市の「白樺文学館・小林多喜二ライブラリー」が「蟹工船」の感想文を募集したところ、多くの若者から応募がありました。【応募された感想文より】
「足場を組んだ高層ビルは、冬の海と同じ。落ちたら助からない…」「蟹工船、私の兄弟たちがここにいる」、こう書いたのは、狗又ユミカさん(34)。
社会に出て10年の間に10回以上仕事を変えましたが、すべてパートか派遣社員でした。
仕事に慣れては解雇、その繰り返し。
今は生活保護を受けて、家賃4万7,000円のアパートに住んでいます。< 狗又ユミカさん>
「このまま食べ物もなくなって死ぬか、ネットカフェ難民になるか、ホームレスになるか、自殺するか。ぐるぐるそんなことばかり考えている時期があった」うつ病と診断され、「自分は社会で必要とされていないのではないか」と、孤独な日々を送っていた狗又さん。
そんな時、出会ったのが『蟹工船』でした。
蟹工船の労働者と自分が重なり合ったのです。< 狗又ユミカさん>
「“蟹工船で働いている労働者のみなさん!私もこっちで同じように働いて頑張ってますよ”って感じです。“80年たっても、雇用状態の本質は変わらないんだね”って言われている気がします」『蟹工船』に触発された狗又さんは、フリーターで組織する労働組合に参加して、以前務めていた会社を相手に労働条件の改善を要求するようになりました。
6月中旬、東京で「蟹工船について語る」若者たちの集いが開かれました。
< 参加者>
「小林多喜二が中学のころから好きで、蟹工船を中2くらいで読んだんですが…」
「(学生は学校を卒業して)自分たちの置かれている状況の危うさを感じたときに、蟹工船の意味がわかってくるのでは」狗又さんも負けじと、「蟹工船を読んで変わった自分」について語ります。
< 狗又ユミカさん>
「美容院に行っても、“働いてて困ってることないですか”と、こっちから聞いちゃって」狗又さんや長谷川さんらは、30歳前後のいわゆる『ロストジェネレーション』と呼ばれる世代。
バブル時代は幼すぎてその恩恵を受けず、社会に出るころは就職氷河期。
多少、景気が回復しても新卒ではないため、なかなか正社員になれません。
ほかの年代と比べてかなり高い失業率が、ロスジェネ世代の置かれた厳しい現実を物語っています。
そんな境遇が、『蟹工船』への共感を呼んでいるのかもしれません。そして、この「蟹工船ブーム」に大きな期待を寄せているのが、小林多喜二作品はほとんど読んだという志位委員長。
< 日本共産党・志位和夫委員長>
「小林多喜二は日本共産党員として、当時の侵略戦争に命がけで反対した。多喜二の生涯は、日本共産党とまさに不可分に結びついた生涯」蟹工船ブームは、小泉政権以来、持てはやされてきた新自由主義的な政策で格差社会の底辺へ追いやられた若者たちの「NO!」の意思表示だといいます。
< 日本共産党・志位和夫委員長>
「新自由主義、市場原理主義が国民の暮らしと両立しなくなってきた、若者の未来と両立しなくなってきた。むき出しの形での野蛮な搾取が社会に横行するようになってきた中での蟹工船への共鳴ですから、今の社会を元から変えようという流れにつながってくる」70年代の学生運動の挫折以降、勢いを失ってきた日本の左翼。
しかし、2008年の蟹工船ブームは、左翼が若く貧しい世代をひきつけたあの輝きを、再び取り戻しつつあるといえるのでしょうか。一方で、蟹工船ブームに政治的・思想的意味を見出すことに懐疑的な声もあります。
< 東京大学(日本社会論)・佐藤俊樹准教授>
「蟹工船は、あくまでも別世界の話。別世界の中の見捨てられていった人たちの物語として読んでいる。その意味では、楽しんでいる部分もある。適当に自分の現実から外れて、でも見捨てられているという形で共感できる人の話だからこそ、ブームとして読まれる。昔の左翼というよりも、“バーチャル(仮想)左翼 ”、あるいは“左翼的心情”を共有している」ともあれ、『蟹工船』にはまるロスジェネ世代が、80年前のこのプロレタリア小説から生きる力をもらっているのは間違いなさそうです。