某新聞の「知りたい聞きたい」コーナーに、この間、短い原稿を3本書いたので、それを貼り付けておきます。
「搾取」という言葉は古いのでは?
〈問い〉 「搾取」という言葉を使うと「古くさい」と言われました。搾取はもう古いのでしょうか?
〈答え〉 いま、若者のあいだで戦前のプロレタリア文学『蟹工船』(小林多喜二著)が読まれたり、「資本主義の限界」がテレビで大きく取り上げられ、志位委員長が出演して、マルクスが『資本論』で何を明らかにしたかを語って注目を集めたりしており、「搾取」は古くさくなるどころか、ますます重要になってきています。
『蟹工船』ブームの背景には、パート・アルバイト、派遣など、安い賃金と不安定な雇用のもとで働かざるをえない人たちが、若者を中心に増えていることがあります。
そうした若者たちが、北洋の蟹加工船で、非人間的な扱いをうけた労働者たちが団結してストライキに立ち上がる姿を読み、「自分たちの境遇を描いているようだ」「ともかく声を上げていかなければいけないと励まされた」と受け止めているのです。
またいま、サブプライムローン(低所得者向け住宅融資)の破たんから始まった経済・金融の混乱は、アメリカだけでなく世界的な大問題になっています。さらに、国際的な投機マネーが次のもうけの場として原油市場や穀物市場に流れ込んだため、石油や食糧品が急騰し、発展途上国の一部では食料暴動まで起きるなど、その影響は深刻です。
こうした「貧困と格差」の広がりや、投機マネーによる経済の混乱の大もとには、もうけのためにはなりふり構わない資本主義の「利潤第一主義」があります。日本の財界・大企業は、この間、労働者の賃金を抑える一方で、もうけを2倍以上に増やしています。
マルクスは、資本主義の利潤の大もとが労働者からの剰余労働の搾取にあること、その剰余労働による富をさらにたくさん手に入れようと「利潤第一主義」に突き進むところに、資本主義の「目的」「動機」があることを明らかにしました。
ですから、搾取は古くなるどころか、現代の世界と日本の経済や社会の動きをとらえる上で、もっとも基本的な、欠かすことのできない考え、見方になっているといえます。(2008年7月2日付)
「利潤第一主義」とは?
〈問い〉 資本主義体制の最大の特徴は「利潤第一主義」だといわれますが、これはマルクスが言ったのでしょうか? 資本主義を特徴づける言葉はもっとたくさんあると思うのですが。「利潤第一主義」について、もう少しくわしく知りたいのですが。
〈答え〉 「利潤第一主義」という言葉そのものは、マルクスのものではありませんが、マルクスが明らかにした資本主義の原動力を分かりやすく表現した言葉として使っています。
マルクスは、『資本論』で、資本のもうけ(利潤)の大もとが、生産過程で労働者が生み出す剰余価値であることをはじめて科学的に解明しました。そして、資本は、より多くの剰余価値を手に入れようとして、搾取を強めることを明らかにしました。マルクスは、そのことを、「資本の魂」「唯一の生活本能」と表現したり、資本の「推進的動機」「規定的目的」という言葉で表したりしました。
「彼〔資本家〕の魂は資本の魂である。ところが、資本は唯一の生活本能を、すなわち自己を増殖し、剰余価値を創造し、……できる限り大きな量の剰余労働を吸収しようとする本能を、もっている」(『資本論』新日本新書<2>395ページ)
「資本主義的生産過程を推進する動機とそれを規定する目的とは、できるだけ大きな資本の自己増殖、すなわちできるだけ大きな剰余価値の生産、したがって資本家による労働力のできるだけ大きな搾取である」(同<3>576ページ)
「資本主義的生産様式をとくにきわ立たせる……ものは、生産の直接的目的であり規定的動機としての剰余価値の生産である」(同<13>1541ページ)
さらにマルクスは、より多くの剰余価値を手に入れるために資本が「生産のための生産」に突き進んでゆくと指摘しました(同<4>1015?1016ページ)。これは、一方では、未来社会の物質的な条件をつくりだすものですが、しかし、現実の社会は、資本がどこまでも生産を拡大していくのを無条件で受け入れるようにはできていません。その結果、その矛盾がやがて恐慌・不況となって現れることになります(同<9>416?417ページほか)。
「利潤第一主義」あるいは「もうけ第一主義」という言葉は、このようなマルクスの解明を分かりやすく言い換えたものです。(2008年6月18日付)
マルクスがいった恐慌10年周期説とは?
〈問い〉 資本主義につきものの恐慌は10年ごとに起きるとマルクスは言ったと思いますが、その根拠は? また、現在は、その間隔は短くなっている感じですが、現在は、恐慌10年周期説をどう考えるべきなのでしょうか?
〈答え〉 マルクスは、恐慌が10年ないしは11年ごとに起きる「物質的な基礎」として、機械や工場など固定資本の平均寿命(再生産期間)が約10年であることをあげました。そのことは、『資本論』第2部の第9章「前貸資本の総回転。回転循環」にでてきます。
固定資本と流動資本で、資本の寿命も回転の仕方も違うことを明らかにしたマルクスは、まず、固定資本の寿命が、物理的な摩滅と社会基準上の摩滅とを総合して、「こんにちでは平均して10年」と見られると述べています。そして、これが恐慌の周期とほぼ一致することから、「資本は、その固定的構成部分〔固定資本のこと〕によって、連結した諸回転からなり多年にわたる循環に縛りつけられている」、「このような循環によって、周期的恐慌の一つの物質的基礎が生じる」と指摘しました。
しかしそこでは、固定資本の平均寿命が10年であることが、どうして恐慌の周期の基礎になるのかまでは解明されていません。
またマルクスは、この10年という周期を固定的なものとも考えませんでした。1875年に『資本論』第1部のフランス語版を出版したさいには、「この数字は不変なものとみなすべき理由は何もない」「循環の周期はしだいに短縮されるであろう」と述べました。
ただ、そうなると、恐慌の周期を固定資本の平均寿命と結びつけるという考え方そのものも違ってくるはずですが、マルクスは、そこまでは述べていません。しかし、「物質的基礎」についての指摘についても、マルクス自身がより柔軟に発展、変更させたことは事実で、『資本論』での解明もそれをふまえて読まれるべきでしょう。
なお、恐慌の周期は、マルクスが「短縮されるであろう」と書いたあと、ふたたびほぼ10年にもどっています。第2次世界大戦後も、1957年、67年、74年、80年、91年、2000年と、ほぼ10年の周期で起きています。(2008年5月17日付)