『創』2008年8月号
月刊誌『創』8月号では、長岡義幸「ブームの『蟹工船』は実際どのくらい売れているのか」が、7ページにわたって『蟹工船』ブームをふり返っています。
『蟹工船』ブームについては、このブログでも詳しく追いかけてきましたが、新潮社の反応など詳しく紹介されています。
同記事によると、上野駅ナカの書店・ディラ上野店の書店員さんが最初、新潮文庫『蟹工船・党生活者』を150部注文してきたときは、新潮社の営業部員は「なぜいまその作品を?」といぶかったそうです。それでも、同店が週に30?40冊、80冊と売上げを伸ばすと、新潮社も増刷を決定。そのときのことをふり返って、営業部主任の人は、こう語っています。
営業部主任の岑裕貴さんは、「長谷川さん〔ディラ上野店の書店員〕が150冊仕入れてくれたので、販売数には注意していました。他の書店には、店頭在庫が1冊あるかないかという程度。毎日や朝日に記事が出ても、その結果、1冊売れたというだけの実績ですから。書店さん自身も、売れるのかどうか把握できない状態で……。後日、POSデータをよくみると、2月14日の朝日新聞の記事によって、全国の書店で動いていたことがわかりました。でも、その段階ではわれわれも気づきませんでした」と振り返る。(同誌、112ページ)
その後、都内の大型書店で売れ始め、5月2日に「読売新聞」が夕刊の1面トップで『蟹工船』を取り上げたことで、弾みがついたといいます。その後は、このブログでも紹介してきたように、全国主要5紙がそれぞれ「蟹工船」ブームの記事を掲載。フジテレビ「めざましテレビ」が取り上げるにおよんで、「この時期、売行きの最大のピークが訪れた」そうです。
このブームについて、新潮社の広報宣伝部の町井氏が次のように語っていますが、これは大事なポイントをついていると思います。
「われわれの側から『ワーキングプアは蟹工船といっしょだ』と言ったとしても、話題にはならなかったと思います。雨宮さんの発言があって、ディラ上野店の長谷川さんが売ろうとしたように、自然発生的に版元の外から出てきたから、こういうふうに大きくなったのだと思うんです」
現在は、新潮文庫は、6月30日付で105刷、35万7000部の増刷になっています。岩波文庫も、今年4月からだけですでに8000部の増刷になっているそうです。
『蟹工船』のマンガ版についても、東銀座出版社の『マンガ蟹工船』は、2006年11月に初版5000部、これまでに5刷2万部強になっていますが、このうち1万5000部が今年3度増刷した分だそうです。イースト・プレスの『まんがで読破 蟹工船』の方は、2007年10月に発売。「7月には累計発行部数が15万部ぐらいになりそう」(営業部)とのことです。
この記事は、最後に「ブームはこれからどうなる?」という、誰もが考えるテーマを取り上げています。新潮社内でも、「プロレタリア文学つながりで飛び火させることができるのではないか」とか、「いやプロレタリア文学が見直されているわけではない」など、いろいろな意見が出ているそうです。
社会現象とみても、このブームがこれからどう発展していくのかは、なかなか興味深い問題です。
さて、記事を書いた長岡氏は最後、こんなふうに締めくくっています。
なかには、革命ロシアを理想化する記述に、白けたという読者もいるという。当然だ。あるいは、「昔も今も同じだ」とため息をつく若者もいる。しかし、『蟹工船』を手がかりに、若い読者もぜひ次の本を見つけてほしいと思う。同時に、現実の世界では、資本主義や国家権力と闘った蟹工船の労働者のように、ひとつになって闘い現状を打破するという道行きがあってもいいのではないか。
蛇足ながら、『蟹工船』を再読して思い出したのが、ボリビアの映画集団ウカマウが制作した映画「第一の敵」だ。牛を盗んだ農場主の専横と、その行為を容認した判事に憤った農民が決起し一度は勝利するものの、農民の蜂起を恐れたアメリカ帝国主義者が現われて農民やゲリラを虐殺する。生き残った農民らは、“第一の敵”と闘うことを決意して幕を閉じるというストーリーだ。アナクロに過ぎるかもしれないが、そんな決意が必要になった時代になってしまったのかもしれない。(同、116ページ)
長岡氏のいう「決意」についてですが、なるほど確かに、そうした決意が必要なほど、いまの時代が生きづらいものになっているという面はありますが、他方で、いまの若者は、意外と易々と(というのは、安易にという意味ではなく、やたらと深刻ぶらずにという意味で)「決意」をして声を上げ始めているのではないか、という気もして、そういう意味で、長岡氏が自分でも書かれているように、「悲壮な決意」などというのは「アナクロ」なのかも知れません。そういう若者のたくましさ、健全さに大いに信頼を寄せたいと僕は思います。