左=大橋幸泰『検証 島原天草一揆』(吉川弘文館)、右=日下力『いくさ物語の世界』(岩波新書)
最近、読んだ歴史に関する本2冊。
1冊目は、吉川弘文館歴史文化ライブラリーの『検証 島原天草一揆』(大橋幸泰著)。寛永14年(1637年)から翌15年にかけて起きた、いわゆる“島原の乱”がテーマ。一揆が起きたときには、幕府・藩はキリシタン一揆だとみなしていたのに、のちに一揆が伝承化されたときには藩の苛政が原因だとされた。著者は、この“ねじれ”に注目して、17世紀前半という時期におきたこの“乱”の独自の歴史的性格があるとする。
しかし、残念ながら、この点は必ずしも説得的に探究はされていない。著者も、「島原天草一揆が起こった17世紀前期はいまだ小農自立が実現しているとはいえず、経営維持という点で百姓をめぐる環境は不安定な状況にあった」「島原天草一揆の起こり方が、17世紀後期以降の百姓一揆のそれと基本的に違うのは明らかである」(53ページ)と書いているが、それを裏づける社会経済史的な分析、あるいは国家論的な解明がおこなわれていないからだ。
著者は、近世の百姓一揆には女性の参加が認められなかったのに対し、島原天草一揆への農民の参加が「女性をともなう挙家型」であることに注目し、それが女性の主体性を示すものだとしている。近世の百姓一揆に女性の参加が認められなかったといえるか疑問だが、「挙家」(こういう言い方をすると、「家」がイエなのか家族なのか不分明であるが)という形態は、むしろ小農の「イエ」が自立していないことの反映ではないかと思えるのだが、どうだろうか。そうした点こそ歴史学のメスで切り込むべきところだろう。資料的な制約によるのかもしれないが、小農自立の問題や、宗教戦争か領主苛政にたいする闘争かという問題が立てられているだけに、非常に残念だ。
2冊目の著者は国文学の先生。歴史をやってきた者としては、軍記物といわれると、石母田正『平家物語』(岩波新書)をまず思い浮かべる。本書は、「平家物語」だけでなく、「保元物語」「平治物語」「承久記」という代表的4作品をとりあげているし、国文学の視点から書かれたものだから同列には論じられないが、それでもやっぱり比較してしまう。
軍記物がリアルな迫力をもてばもつほど、史実として受けとられがちだし、実際、事実であるかのように受けとられてきたこともある。しかし、序章では、軍記物が「物語」として構成されたものであることが具体的に指摘されている。この点は、勉強になったし、資料(史料)批判として重要な点だと思う。
著者は、本書で軍記物に描かれた「親子の情」などを詳しく取り上げている。しかし、当時は、親子・兄弟が敵味方に分かれて戦った時代でもある。「親子の情」だけを取り上げると、当時のメンタリティの読み取り方として一面的になるのではないだろうか。親子・兄弟が敵味方に分かれ戦ったことを、軍記物はどう描いたのか、それも知りたいところだ。
両書とも、歴史的な世界を再構成しようとする意欲作といえるけれども、やはり背骨となる社会経済史的な分析を踏まえた視点が求められるのではないだろうか。
【書誌情報】
著者:大橋幸泰/書名:検証 島原天草一揆/出版社:吉川弘文館(歴史文化ライブラリー259)/定価:本体1,700円+税/ISBN978-4-642-05659-5/刊行:2008年7月
著者:日下力/書名:いくさ物語の世界――中世軍記文学を読む/出版社:岩波書店(岩波新書 新赤版1138)/定価:本体740円+税/ISBN978-4-00431138-6/刊行:2008年6月