その密度は「労働時間の密度」か?

『資本論』第1部第13章「機械と大工業」の第3節「労働者におよぼす機械経営の直接的影響」のなかの、さらに「c 労働の強化」のなかに、こんなくだりが登場します(注157のついているところ)。

与えられた時間内へのより大量の労働のこの圧縮は、いまや、それがあるがままのものとして、すなわちより大きい労働分量として、計算される。「外延的大きさ」としての労働時間の尺度とならんで、いまや、労働時間の密度の尺度が現われる。(新日本版『資本論』、新書版<3>,709ページ、上製版Ib,706ページ)

問題は、この「労働時間の密度」です。

ここでマルクスが言っているのは、こういうことです。

工場法の成立によって1日10時間というふうに労働時間が制限されるようになると、資本は、労働時間を延長することで剰余価値を増やすことは不可能となり、その代わりに、労働の強化によって、1時間ごとに支出される労働量を増やすことで、剰余価値を増やそうとします。

そうなると、それまでは労働の密度に少々の違いがあっても、1時間の労働は同じ1時間の労働として計られていたのにたいして、同じ1時間の労働であっても、あっちの労働は、こっちの労働の2倍の強度がある、というふうに、「あるがまま」に計算するしかなくなります。その結果、労働の量を測る基準も、これまでのように単純に労働時間だけで計ることはできなくなって、そこに「密度」の概念を持ち込まざるをえない、ということです。

問題は、それが「労働時間」の密度なの? ということです。

既訳を調べてみると、長谷部文雄訳(青木書店版、上製本<2>,664ページ、河出書房『世界の大思想』<1>,329ページ上段)は「労働時間の密度」となっていますが、岡崎次郎訳(大月書店版、国民文庫<2>,309ページ)、向坂逸郎訳(岩波書店版、岩波文庫<2>,386ページ)はどちらも「その密度」と訳していて、代名詞が何を指しているか、訳出していません。しかし、この「その」は何を指しているのか? またもや調べてみました。

まず、ドイツ語原文から。

Diese Zusammenpressung einer größren Masse Arbeit in eine gegebne Zeitperiode zählt jetzt als was sie ist, als größres Arbeitsquantum. Neben das Maß der Arbeitszeit als "ausgedehnter Größe" tritt jetzt das Maß ihres Verdichtungsgrads. (Dietz, DK I.,S.432)

該当部分は下線部で、代名詞 ihres が使われています。ihres は女性2格ですが、Arbeitszeit も Arbeit どちらも女性名詞。したがって、ドイツ語だけをみると文法的には「労働の密度」も「労働時間の密度」もどちらもあり得る、ということになります。

そこで、フランス語版を調べてみました。ここらあたりはかなり文章が書き換わっていますが、注157を手がかりに該当箇所を探すと、こうなっていました。

Dès lors on commence à évaluer la grandeur du travail doublement, d'après sa durée ou son extension, et d'après son degré d'intensité, c'est-à-dire la masse qui en est comprimée dans un espace de temps donné, une heure par exemple. (MEGA II/7 S.351)

直訳すると、こうなります。

 それ以来、労働の大きさは、二重に評価されるようになる。すなわち、その継続時間、その外延によって、そして、その強度、たとえば1時間という与えられた時間内に圧縮された量によって。

問題箇所は、外延、強度ともに、指示代名詞 son(その)が使われていますが、それが「労働」travail を指していることは明白です。

また、労働の大きさを測る基準として、労働時間と、労働の強度(1時間あたり、どれだけの量の労働が詰め込まれているか)とを対比しようという意図は明白です。ですから、ドイツ語の場合も、ihres は Arbeitszeit でなく Arbeit を指しているというのが正しい解釈といえます。

ちなみに、エンゲルス監訳の英語版では、こうなっています。

This condensation of a greater mass of labour into a given period thenceforward counts for what it really is, a greater quantity of labour. In addition to a measure of its extension, i.e., duration, labour now acquires a measure of its intensity or of the degree of its condensation or density. (Collected Works Vol.35, p.413)

英語版を直訳すれば、こんな感じでしょうか。

より大きな量の労働の、ある決まった時間へのこの圧縮は、それ以後、実際にそうであるものとして、つまり、より大きな量の労働として計算される。労働は、いまや、その外延という尺度、すなわち、継続時間に加えて、その強度、あるいは、その圧縮の度合い、密度という尺度を手に入れる。

英語版でも、its と代名詞になっていますが、これも it が labour を指していることは明白でしょう。

そもそも考えてみれば、労働時間は、労働の密度をはかる単位であって、「労働時間」そのものは密度をもちようがありません。それは、鉄や銅の1cm3 あたりの重さを計ったものが鉄の密度、銅の密度であって、「1cm3 の密度」でないのと同じです。

ちなみに新日本版は、das Maß der Arbeitszeit の der Arbeitszeit、das Maß ihres Verdichtungsgrads の ihres Verdichtungsgrads (いずれも2格)を「の」で表わして、「労働時間の尺度」、労働の「密度の尺度」と訳しています。しかし、これだと、「労働時間」についての尺度、労働の「密度」についての「尺度」という意味にも読めてしまいます。ここの2格は同格を表わしているのですから、「労働時間という尺度」、「労働の密度という尺度」と訳した方が正確だろうと思います。

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