チャルマズ・ジョンソン氏「普天間の代替施設は必要なし」

沖縄の米軍普天間基地。アメリカのチャルマズ・ジョンソン氏が、ダイヤモンド・オンライン編集部のインタビューに答えて、「米国には普天間飛行場は必要なく、無条件で閉鎖すべきだ」と指摘しています。

鳩山首相は、いろいろ勉強して沖縄に米海兵隊は必要だと思ったそうですが、おそらく鳩山首相よりはもっと米軍の戦略などに詳であろうジョンソン氏によれば、「在日米軍はすでに嘉手納、岩国、横須賀など広大な基地を多く持ち、これで十分だ」「普天間基地が長い間存在している最大の理由は、普天間の海兵隊航空団と嘉手納の空軍航空団の縄張り争いだ」と語っています。

ジョンソン氏はまた、「たとえばフランスなどで米国が同じことをしたら、暴動が起こるだろう」「同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを受けているのに他の日本人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できない」「もし日本国民が結束して強く主張すれば、米国政府はそれを飲まざるを得ない」とも語っています。

あれこれ移設先探しをやるのではなく、普天間基地の無条件返還ということで一致して、きっぱりとアメリカに要求することが、やっぱり大事なようです。

元CIA顧問の大物政治学者が緊急提言 「米軍に普天間基地の代替施設は必要ない! 日本は結束して無条件の閉鎖を求めよ」 独占インタビュー チャルマーズ・ジョンソン 日本政策研究所(JPRI)所長|DOL特別レポート:ダイヤモンド・オンライン

元CIA顧問の大物政治学者が緊急提言「米軍に普天間基地の代替施設は必要ない!日本は結束して無条件の閉鎖を求めよ」

独占インタビュー チャルマーズ・ジョンソン 日本政策研究所(JPRI)所長

 普天間基地問題の決着期限が迫るなか、鳩山政権は辺野古沿岸につくる桟橋滑走路と、徳之島の既存の空港を併用する移設案を提案した。しかし、地元や米国側の同意を得られる見通しは立っておらず、日本国内は鳩山政権批判一色に染まっている。しかし批判するだけでは何も変わらない。そもそも同基地の代替施設の不要論は米国内にもある。東アジア研究の大家で、CIAの顧問を務めた経験もあるチャルマーズ・ジョンソン 元カリフォルニア大学政治学教授は、日本国内にはすでに十分すぎる米軍基地があり、日本国民は結束して普天間基地の無条件閉鎖を求めるべきだと提言する。(聞き手/ジャーナリスト・矢部武)

◇チャルマーズ・ジョンソンChalmers Johnson 著名な国際政治・東アジア研究者。米国の覇権主義、軍事優先主義を厳しく批判した著書が多く、東アジアにおける米国の帝国主義的政策は必ず報復を受けると分析した”Blowback”(邦題「アメリカ帝国への報復」(2000年、集英社)はベストセラーに。カリフォルニア大学で政治学博士号を取得し、同大学で教授、政治学部長、中国研究センター所長などを歴任。その後、日本および環太平洋地域の国際関係を研究する民間シンクタンク“日本政策研究所”(JPRI)を設立。

――鳩山政権は普天間問題で窮地に立たされているが、これまでの日米両政府の対応をどう見るか。

 まったく悲劇的だ。両政府は1995年の米兵少女暴行事件以来ずっと交渉を続けてきたが、いまだに解決していない。実を言えば、米国には普天間飛行場は必要なく、無条件で閉鎖すべきだ。在日米軍はすでに嘉手納、岩国、横須賀など広大な基地を多く持ち、これで十分である。
 そもそもこの問題は少女暴行事件の後、日本の橋本首相(当時)がクリントン大統領(当時)に「普天間基地をなんとかしてほしい」ということで始まった。この時、橋本首相は普天間飛行場の移設ではなく、無条件の基地閉鎖を求めるべきだったと思う。

――普天間を閉鎖し、代替施設もつくらないとすれば海兵隊ヘリ部隊の訓練はどうするのか。

 それは余った広大な敷地をもつ嘉手納基地でもできるし、あるいは米国内の施設で行うことも可能だ。少なくとも地元住民の強い反対を押し切ってまでして代替施設をつくる必要はない。このような傲慢さが世界で嫌われる原因になっていることを米国は認識すべきである。
 沖縄では少女暴行事件の後も米兵による犯罪が繰り返されているが、米国はこの問題に本気で取り組もうとしていない。日本の政府や国民はなぜそれを容認し、米国側に寛大な態度を取り続けているのか理解できない。おそらく日本にとってもそれが最も簡単な方法だと考えているからであろう。

フランスならば暴動が起きている

――岡田外相は嘉手納統合案を提案したが、米国側は軍事運用上の問題を理由に拒否した。

 米軍制服組のトップは当然そう答えるだろう。しかし、普天間基地が長い間存在している最大の理由は米軍の内輪の事情、つまり普天間の海兵隊航空団と嘉手納の空軍航空団の縄張り争いだ。すべては米国の膨大な防衛予算を正当化し、軍需産業に利益をもたらすためなのだ。
 米軍基地は世界中に存在するが、こういう状況を容認しているのは日本だけであろう。もし他国で、たとえばフランスなどで米国が同じことをしたら、暴動が起こるだろう。日本は常に受身的で日米間に波風を立てることを恐れ、基地問題でも積極的に発言しようとしない。民主党政権下で、米国に対して強く言えるようになることを期待する。

――海外の米軍基地は縮小されているのか。

 残念ながら、その動きはない。米国は世界800カ所に軍事基地を持つが、こんなに必要ない。世界のパワーバランス(勢力均衡)を維持するためなら、せいぜい35?40の基地で十分だ。米国政府は巨額の財政赤字を抱え、世界中に不必要な軍事基地を維持する余裕はないはずだ。

――日本では中国や北朝鮮の脅威が高まっているが。

 日本にはすでに十分すぎる米軍基地があり、他国から攻撃を受ける恐れはない。もし中国が日本を攻撃すれば、それは中国にこれ以上ない悲劇的結果をもたらすだろう。中国に関するあらゆる情報を分析すれば、中国は自ら戦争を起こす意思はないことがわかる。中国の脅威などは存在しない。それは国防総省や軍関係者などが年間1兆ドル以上の安全保障関連予算を正当化するために作り出したプロパガンダである。過去60年間をみても、中国の脅威などは現実に存在しなかった。
 北朝鮮は攻撃の意思はあるかもしれないが、それは「自殺行為」になることもわかっていると思うので、懸念の必要はない。確かに北朝鮮の戦闘的で挑発的な行動がよく報道されるが、これはメディアが冷戦時代の古い発想から抜け出せずにうまく利用されている側面もある。

――米軍再編計画では普天間の辺野古移設と海兵隊のグアム移転がセットになっているが、辺野古に移設しない場合、グアム移転はどうなるのか?

 米国政府はグアム住民の生活や環境などへの影響を十分に調査せず、海兵隊の移転計画を発表した。そのため、グアムの住民はいま暴動を起こしかねないぐらい怒っている。グアムには8千人の海兵隊とその家族を受け入れる能力はなく、最初から実行可能な計画ではなかったのだ。

――それでは米国政府が「普天間を移設できなければ議会が海兵隊のグアム移転の予算を執行できない」と強く迫っていたのは何だったのか。

 自らの目的を遂げるために相手国に強く迫ったり、脅したりするのは米国の常套手段である。

――海兵隊をグアムに移転できない場合、米国政府はどうするか。

 おそらく米国内に移転することになろう。それでも海兵隊部隊の運用上、問題はないはずだ。

――日本では普天間問題で日米関係が悪化しているとして鳩山政権の支持率が急降下しているが。

 普天間問題で日米関係がぎくしゃくするのはまったく問題ではない。日本政府はどんどん主張して、米国政府をもっと困らせるべきだ。これまで日本は米国に対して何も言わず、従順すぎた。日本政府は米国の軍需産業のためではなく、沖縄の住民を守るために主張すべきなのだ。

日本人が結束して主張すれば米国政府も飲まざるを得ない

――米軍基地の大半が沖縄に集中している状況をどう見るか。

 歴史的に沖縄住民は本土の人々からずっと差別され、今も続いている。それは、米軍基地の負担を沖縄に押しつけて済まそうとする日本の政府や国民の態度と無関係ではないのではないか。同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを受けているのに他の日本人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できない。もし日本国民が結束して米国側に強く主張すれば、米国政府はそれを飲まざるを得ないだろう。

――今年は日米安保50周年だが。

 日本にはすでに世界最大の米海軍基地(横須賀)があり、各地に空軍基地も存在する。これ以上の基地は必要ない。東アジアのどの国も日本を攻撃しようなどとは考えないだろう。日本政府は巨額の「思いやり予算」を負担している。自国の外交・防衛費をすべて負担できない米国のために、日本が同情して払っているのだ。 

――普天間問題を解決できなければ両政府がどんなに同盟の深化を強調してもあまり意味がない、との指摘もあるが。

 それは米国が軍事力優先の外交を展開しようとしているからである。一般の米国人は日本を守るために米国がどんな軍事力を持つべきかなどほとんど関心がないし、そもそも米国がなぜ日本を守らなければならないのか疑問に思っている。世界で2番目に豊かな国がなぜこれほど米国に頼らなければならないのか理解できない。それは日本人があまりに米国に従順で、イージーゴーイング(困難を避けて安易な方法を取る)だからではないか。

【追記】

チャルマズ・ジョンソン氏は、ロサンゼルス・タイムズ紙でも、次のような論説を明らかにされています。

Another battle of Okinawa – Los Angeles Times

Another battle of Okinawa

Despite protests, the U.S. insists on going ahead with plans for a new military base on the island.

[Los Angels Times May 06, 2010|By Chalmers Johnson]

The United States is on the verge of permanently damaging its alliance with Japan in a dispute over a military base in Okinawa. This island prefecture hosts three-quarters of all U.S. military facilities in Japan. Washington wants to build one more base there, in an ecologically sensitive area. The Okinawans vehemently oppose it, and tens of thousands gathered last month to protest the base. Tokyo is caught in the middle, and it looks as if Japan’s prime minister has just caved in to the U.S. demands.

In the globe-girdling array of overseas military bases that the United States has acquired since World War II ? more than 700 in 130 countries ? few have a sadder history than those we planted in Okinawa.

In 1945, Japan was of course a defeated enemy and therefore given no say in where and how these bases would be distributed. On the main islands of Japan, we simply took over their military bases. But Okinawa was an independent kingdom until Japan annexed it in 1879, and the Japanese continue to regard it somewhat as the U.S. does Puerto Rico. The island was devastated in the last major battle in the Pacific, and the U.S. simply bulldozed the land it wanted, expropriated villagers or forcibly relocated them to Bolivia.

From 1950 to 1953, the American bases in Okinawa were used to fight the Korean War, and from the 1960s until 1973, they were used during the Vietnam War. Not only did they serve as supply depots and airfields, but the bases were where soldiers went for rest and recreation, creating a subculture of bars, prostitutes and racism. Around several bases fights between black and white American soldiers were so frequent and deadly that separate areas were developed to cater to the two groups.

The U.S. occupation of Japan ended with the peace treaty of 1952, but Okinawa remained a U.S. military colony until 1972. For 20 years, Okinawans were essentially stateless people, not entitled to either Japanese or U.S. passports or civil rights. Even after Japan regained sovereignty over Okinawa, the American military retained control over what occurs on its numerous bases and over Okinawan airspace.

Since 1972, the Japanese government and the American military have colluded in denying Okinawans much say over their future, but this has been slowly changing. In 1995, for example, there were huge demonstrations against the bases after two Marines and a sailor were charged with abducting and raping a 12-year-old girl. In 1996, the U.S. agreed that it would be willing to give back Futenma, which is entirely surrounded by the town of Ginowan, but only if the Japanese would build another base to replace it elsewhere on the island.

So was born the Nago option in 1996 (not formalized until 2006, in a U.S.-Japan agreement). Nago is a small fishing village in the northeastern part of Okinawa’s main island and the site of a coral reef that is home to the dugong, an endangered marine mammal similar to Florida’s manatee. In order to build a large U.S. Marine base there, a runway would have to be constructed on either pilings or landfill, killing the coral reef. Environmentalists have been protesting ever since, and in early 2010, Nago elected a mayor who ran on a platform of resisting any American base in his town.

Yukio Hatoyama, the Japanese prime minister who came to power in 2009, won partly on a platform that he would ask the United States to relinquish the Futenma Marine Corps Air Station and move its Marines entirely off the island. But on Tuesday, he visited Okinawa, bowed deeply and essentially asked its residents to suck it up.

I find Hatoyama’s behavior craven and despicable, but I deplore even more the U.S. government’s arrogance in forcing the Japanese to this deeply humiliating impasse. The U.S. has become obsessed with maintaining our empire of military bases, which we cannot afford and which an increasing number of so-called host countries no longer want. I would strongly suggest that the United States climb off its high horse, move the Futenma Marines back to a base in the United States (such as Camp Pendleton, near where I live) and thank the Okinawans for their 65 years of forbearance.

Chalmers Johnson is the author of several books, including “Blowback” and the forthcoming “Dismantling the Empire: America’s Last, Best Hope.”

ということで、恒例のへっぽこ訳です。

沖縄のもう一つのたたかい

[ロサンゼルス・タイムズ 2010年5月6日 チャルマズ・ジョンソン]

抗議にもかかわらず、アメリカは、この島への新軍事基地計画の推進を求めている。

 アメリカは、沖縄の軍事基地をめぐる論争で日本との同盟にダメージを与えそうになっている。この島には、日本のアメリカ軍事施設の4分の3が置かれている。ワシントン〔アメリカ政府〕は、そこに、しかも生態学的に敏感な地域に、さらにもう1つの基地を建設しようとしている。沖縄県民はそれに強く反対しており、先月は、その基地に反対するために何万人もが集まった。東京〔日本政府〕は板ばさみになっていて、日本の首相はアメリカの要求を断念させたかに見えたに屈服したかのように見える。
 第2次世界大戦後、アメリカは、地球全体を海を越えた軍事基地でとりかこもうとして、130ヵ国に700以上の基地を要求してきたが、われわれが沖縄に建設した基地ほど、悲惨な歴史をもったものはない。
 1945年、日本は、もちろん打ち負かされた敵であった。だから、米軍基地をどこに、どのように配置するかについては何の発言もできなかった。日本の主要な諸島では、われわれは単に旧日本軍の基地を接収しただけだった。しかし沖縄は、日本が1879年に併合するまでは独立した王国だったし、日本は、アメリカにとってのプエルトリコのように、沖縄をあつかい続けた。沖縄は、太平洋戦争の最後の主要な戦闘で荒廃させられ、アメリカは、土地をほしいままにブルドーザーで平らげ、村民たちを追い出し、強制的に彼らをボリビアに移住させた。
 1950年から1953年には、沖縄に基地を置いた米軍は朝鮮戦争に動員され、1960年代から1973年までは、ベトナム戦争に投入された。沖縄の基地は兵站や軍用飛行場を提供する役に立っただけではなかった。基地は、兵士たちが、休息や気晴らしを求めてでかける場所であり、バーのサブカルチャーや売春婦、人種差別を生み出した。いくつかの基地では、黒人米兵と白人米兵とのあいいだの紛争が非常にしばしば起こり、最後には別々の地域に、2つのグループ相手の店ができたほどだった。
 アメリカの日本占領は、1952年の講和条約で終了したが、沖縄は引き続き1972年まで米軍の植民地にとどまった。20年間、沖縄県民は、日本政府のパスポートも人権も与えられず、アメリカ政府のパスポートも人権も与えられない、本質的には「国家なき民」だった。日本が沖縄の施政権を回復したあとも、米軍は、数多くの基地や沖縄の空域を占領し、支配し続けた。
 1972年以来、日本政府と米軍は結託して、沖縄県民が自分たちの将来について発言するのを否定してきた。しかし、これは少しずつ変化してきている。たとえば、1995年、2人の海兵隊員と1人の海軍兵士水兵が12歳の少女を誘拐してレイプしたとして告発されたあと、米軍基地にたいする巨大なデモンストレーションが起こった。1996年にアメリカは、宜野湾市街に完全に取り囲まれた普天間基地を返還していくだろうということを認めた。ただしそれは、日本政府が沖縄のどこかに普天間基地に変わる別の基地を建設すれば、という条件つきだった。
 こうして、1996年の名護オプション〔SACO合意のこと〕が生まれた(しかし、日米間の合意としては2006年までは公式化されなかった)。名護は、沖縄本島の東北部にある小さな漁村で、ジュゴンの生息地であるサンゴ礁がある場所だ。ジュゴンは、フロリダのマナティのような、絶滅を危惧される海洋哺乳動物である。大きな米海兵隊基地をそこにつくるためには、杭打ち式にせよ埋め立て式にせよ、滑走路が建設されなければならず、それはサンゴ礁を破壊するだろう。環境保護を主張する人たちはずっと反対してきたし、2010年初めには、名護市は、同市へのいかなるアメリカ基地にも反対する政策を掲げた市長を選出した。
 2009年に政権についた鳩山由紀夫首相は、アメリカにたいして普天間の海兵隊飛行場の放棄とその県外移設を要求するつもりだという政策を掲げて勝利した。しかし、火曜日、彼は沖縄を訪問して、深く頭を下げて、本質的に住民に基地を受け入れるように頼んだ。
 私には、鳩山氏の振る舞いは臆病で卑しむべきものに見える。しかし、私がもっと遺憾に思うのは、このひどく屈辱的な袋小路に日本政府を追い込んだアメリカ政府当局者の横柄さだ。アメリカ政府は、自分たちの軍事基地の帝国を維持することだけを考えてきた。しかし、われわれにはそうした基地帝国を維持する余裕はないし、いわゆるホスト国の多くももはや基地を望んでいない。私は強く主張したい。アメリカ合衆国は、その高い馬から下りて傲慢な態度をやめて、普天間海兵隊をアメリカ国内の基地(たとえば私が住んでいるところに近いペンデルトン基地のような)に移し、65年間辛抱してくれた沖縄県民に感謝すべきだ、と。

【さらに追記】
2010/05/12 20:27記 トラックバックをいただいたカネダさんのブログ記事を参考に、翻訳の間違っていたところを訂正させていただきました。カネダさん、ありがとうございました。m(_’_)m

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