デフレの原因は賃金の下落

富士通総研エグゼクティブ・フェローの根津利三郎氏が、「米国は日本のようなデフレにはならない」というコラムを書かれている。曰く、アメリカも日本と同じようにデフレになるのではないかという論調があるが、アメリカがデフレになる可能性は低い。

なぜ、アメリカはデフレにならないのか? その理由を根津氏は、日本は賃金が下落しているのにたいして、アメリカではテンポは下落しても賃金は上昇しつづけているからだと言う。

米国は日本のようなデフレにはならない : 富士通総研

そもそも、デフレはなぜ起こるのか? 根津氏の説明はこうである。

――デフレが起こる原因について、中国やアジアから安い商品が入ってくるからだという説明は間違っている。なぜなら、アメリカやヨーロッパにも安い中国やアジアの輸入品が入り込んでいるが、しかし、アメリカやヨーロッパではデフレは起きていない。デフレは、日本特有の現象である。

では、日本だけでなぜデフレが起こっているのか。その原因は、日本だけが傾向的に賃金が下落しているからだというのが、根津氏の説明である。

 デフレが日本特有の現象である以上、原因も日本特有のものがあるはずだ。それはグラフで示しているように、日本でのみ賃金が傾向的に下がり続けていることだ。賃金が下がれば、勤労者は購買力を失う。そのため企業は価格を下げて販売量を維持しようとする。価格が下がれば生産性の向上がない限りコストを下げるため賃金のカットが避けられない。こうしてデフレと賃金下落のスパイラルが続いているのが日本の現状だ。

日、米、独の消費者物価(CPI)と賃金(前年比上昇率)

では、なぜ日本だけ賃金が下落しているのか? その理由を、根津氏は2つ指摘している。

  1. 日本では賃金よりも雇用機会の確保を重要視し、雇用を維持するためなら賃金は多少下がってもやむをえない、という考え方が支配的であること。
  2. 賃金の安い非正規労働者の採用が大幅に増えたこと。

第1の理由は文化的というか社会習慣的なことだが、第2の理由は切実だ。この間、大企業は、正社員をリストラして、大幅に非正規労働者に切り替えてきた。いまや、労働者の3分の1、若者では半分が非正規労働者だ。その結果、年収200万円未満の人が1000万人を超えるなど、貧困と格差が広がったことは周知の通り。

マルクスの考え方からすると、商品価格が傾向的に下落し続けるというのは、――貨幣価値が変わらないとすれば――、2つのケースが考えられる。1つには、労働生産力が連続的に上昇していく場合、もう1つには、労働力の価値そのものが切り下げられていく場合だ。現在の日本では、労働生産力が連続的に上昇しているとは考えられないから、やはり、労働力の価値そのものが切り下げられている、と考えるほかない。マルクスも、『資本論』で、たとえばそれまで小麦を食していたものを、より安い燕麦を主食とするようになれば、労働力の再生産費が低下するのだから、労働力の価値が下落する、と言っている。現在の日本では、正社員を比正規労働者に切り替えることで、強制的に、労働力の再生産費が切り下げられている(要するに、より貧しい生活を送ることを余儀なくされているわけだ)といえる。その意味で、根津氏が、日本特有のデフレの原因として、賃金の安い非正規労働者の採用が大幅に増えたことを上げておられるのはもっともな指摘だと思う。

賃金の安い非正規労働者の採用が大幅に増えた背景として、根津氏が注目するのは、日本では、ヨーロッパなどでは当たり前の「同一労働・同一賃金」のルールが守られていないことである。

非正規労働は外国にもあるが、日本に特徴的なことは、彼らの賃金が正規の半分程度と、大きな格差があることである。他の先進国では同一労働・同一賃金が日本より守られており、このような格差がないから、正規労働者を非正規に置き換えることでコスト削減するというインセンテイブはない。

根津氏が指摘しているように、「同一労働・同一賃金」のルールが守られていれば、正規労働者を非正規労働者に置き換えても、賃金コストは低下しない。したがって、企業の側には、正規雇用を非正規雇用に切り替える理由がない。だから、非正規雇用は広がらない、というわけである。

日本でも、「雇用は正社員が当たり前」、「非正規雇用だからといって差別は許されない」として「同一労働・同一賃金」のルールを守らせるならば、賃金の下落がストップされる。そうすると、デフレにもストップがかかる。そこから、ようやく本格的な景気回復の道も始まるのではないだろうか。

日本の「財政危機」をどうするのか、ということも大きな問題になっているが、デフレ下では、物価が下がっていくのだから、黙っていてもそれだけ借金の負担は重くなっていく。だから、デフレが続く状況のもとで財政再建をやろうというのは、どだい無理な話。その意味でも、賃金の下落を押しとどめて、まずデフレ現象にストップをかけるということが重要になっていると言える。

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