考古学の都出比呂志氏の新しい岩波新書『古代国家はいつ成立したか』です。
都出氏は、12年前、57歳という働き盛りでクモ膜下出血に倒れられました。そのあと復帰されたとは聞いていましたが、書き下ろし単著は『王陵の考古学』(岩波新書、2000年)いらいのはずです。いまでも言葉は容易に出てこないとお書きですが、ともかくお元気でなによりです。
ということで、さっそく「あとがきに代えて」を読みました。3歳で大阪大空襲に遭った「原体験」からのご自身の考古学研究をふり返っておられます。
これを読んで僕は初めて、考古学会が学会としては戦争の反省をおこなわずにきたことや、黒田俊夫氏が、文献史学と考古学との提携をめざして都出氏を阪大国史に招いたことなどを知りました。小林行雄氏の研究史上の位置づけも飲み込めました。
これからじっくりと勉強したいと思います。m(_’_)m
【追記】
11年前、某雑誌に『王陵の考古学』の短い紹介を書いていたのを見つけました。
都出比呂志著『王陵の考古学』
日本の巨大な前方後円墳、中国の秦の始皇陵、エジプトのピラミッドなど、世界には王を葬った巨大な墳墓が残っています。こうした巨大墳墓・王陵はなぜつくられたのか? という問題は、考古学者ならずとも興味があることと思います。
筆者は、王陵を広く「社会的に大きな影響力をもった英雄や権力者を葬り祭る巨大な記念物」ととらえ、世界各地の王陵の比較を通じて、なぜつくられるようになったのか、あるいはその後つくられなくなったのはなぜかを探り、王陵がどんな役割を果たしたのかを検討しています。その途中では、前方後円墳の出現時期は三世紀半ばまでさかのぼるので、奈良県桜井市の箸墓古墳は卑弥呼の墓の「有力候補」だという大胆な指摘もあります。
同時に、王陵のイデオロギーは国家形成期にとどまらず、たとえば明治時代になって、畑しかなかったところに神話上の初代天皇の墓である神武陵が築造された事実などをあげながら、現代にも通じる重要な問題であることを見逃してはならないという指摘は重要な指摘だと思います。(岩波新書 本体700円)
箸墓古墳を卑弥呼の墓だとする説については、僕は今でも懐疑的なんですが(理由は、非常に単純で、箸墓古墳から「卑弥呼」と書かれたものでも出てこない限り、埋葬されているのが誰なのかは特定不可能だというだけのことですが)。