いまさら、何をか言わんや

今日、2つの新聞に選挙制度問題について、政治家の発言が載っていた。

1つは、今朝の「朝日新聞」オピニオン欄。細川護煕元首相と河野洋平元自民党総裁の対談。1994年の小選挙区制導入について、河野氏が次のように語っている。

 でも今日の状況を見ると、それが正しかったか忸怩たるものがある。政治劣化の一因もそこにあるのではないか。政党の堕落、政治家の資質の劣化が制度によって起きたのでは、と。

他方、「読売新聞」では、自民党の谷垣総裁が、インタビューに答えて次のように語っている。

 現行の小選挙区制は、新人の大量当選、大量落選など振れ幅が激しすぎ、若い政治家も育ちにくい。中選挙区制度のほうが緩やかな変化が出切る。(将来的に)議論しないといけない。

何をか言わんや、である。あのとき、自民党政治への不満を「選挙制度改革」にすり替え、それをさらに「小選挙区制導入」にすり替えた当事者たちが、いまごろになって、小選挙区制導入が悪かった、などというとは…。無責任にもほどがある。

しかし、「誤ちて改むるに憚ること勿れ」である。民意を切り捨てる小選挙区制度は、ただちに廃止してもらいたい。

新しい選挙制度をどうするか、という問題がある。いろいろな考え方があるだろうが、僕は、なによりも、現在の選挙制度があまりにも複雑すぎるということを指摘したい。衆議院と参議院、どちらにも比例代表選挙があるが、衆議院は政党名でも候補者名でもどちらでも投票できる、参議院は政党名でしか投票できない。こんなふうに選挙ごとにそれぞれ仕組みが違うというのは、あまりに人為的すぎると思う。比例代表と小選挙区の割合を変えるだけで選挙結果が大きく変わってしまうというのも、選挙制度としては任意性が高すぎるだろう。小選挙区の区割りが、たとえば千葉市のように区と隣接市町村を組み合わせて複数の選挙区分けるとか、東京の足立区や世田谷区のように、区の一部だけ別の選挙区に分かれるというのも分かりにくい。

さらに地方選挙を含めて考えると、地方選挙が単記制で得票数の上位から定数いっぱいまでを当選者とするという単純な仕組み(都道府県議選で事実上定数1の選挙区が増えているという問題は別にして)なのにたいして、国政選挙でそれと同じなのは参議院の選挙区選挙のみ(衆議院の選挙区選挙は小選挙区なので、行政区単位で定数いっぱいの当選者を選ぶという地方選挙とはまったく異質の選挙)。こんなふうに、国政選挙と地方選挙の選挙制度がかけ離れているというのも、人為的な「選挙制度改革」のなせる業といえる。

選挙制度は、有権者の投票行動が議席にできるだけ正確に反映されるというのが基本で、さらに単純で分かりやすいものでなければならない。

なお、谷垣氏が「中選挙区制に」といっているのは、すべての選挙区を定数3の選挙区に割り直そうというものだ。これは、定数が3であれば、いくら民主党が強くても民主2自民1で自民党も議席を確保できる、うまくいけば自民2民主1に巻き返しもできる、という発想にもとづくもの。あるいは、自民・公明が協力して2議席とれるのであれば、一部を公明党に譲って、自公連合でいけるというわけだ。いずれにしても、これも党利党略の誹りを免れない。

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