今日、ツイッター上でも話題になっていた『日経ビジネス』の記事。オンライン版だけの記事のようですが、非正規雇用の増大は何十年後かに必ず生活保護の増加となって跳ね返ってくる、非正規雇用の拡大で大企業の目先の業績だけ良くしておいて、ツケを将来に回すものだと、なかなか手厳しい批判。
さらには、高額所得者や資産家からもっと税金を取るべきだ、この20年優遇しすぎた、20年前の税制に戻せば税収は概算でも今の倍になる、等々。日本は法人税が高いと言われているが抜け穴が多く、実効税率は非常に低い、輸出中心の大企業は20%を切ることが多い、とも。なかなかの論戦です。
非正規雇用社員の老後は「生活保護」以下に:日経ビジネスオンライン
非正規雇用社員の老後は「生活保護」以下に 元大蔵官僚が語る「社会保障の論点」(前編)
金野 索一
[日経ビジネスオンライン 2012年8月24日(金)]
日本政策学校代表理事の金野索一です。
「日本の選択:13の論点」と銘打ち、2012年の日本において国民的議論となっている13の政策テーマを抽出し、そのテーマごとに、ステレオタイプの既成常識にこだわらず、客観的なデータ・事実に基づきロジカルな持論を唱えている専門家と対談していきます。
政策本位の議論を提起するために、一つのテーマごとに日本全体の議論が俯瞰できるよう、対談者の論以外に主要政党や主な有識者の論もマトリックス表に明示します。さらに、読者向けの政策質問シートを用意し。読者自身が持論を整理・明確化し、日本の選択を進められるものとしています。
今回は【社会保障】をテーマに、経済ジャーナリストの武田知弘氏(元大蔵省)と対談を行いました。武田氏は、「2時間に7人、毎年3万人超が自殺する国ニッポン。この背景には、金持ち優遇政策と最低レベルの生活保護など、お寒い社会保障の実態がある。億万長者と庶民の実質税負担はほとんど変わらない。例えば年収800万円以上の社保料を一般並みに上げるだけで、年金問題はただちに解決する」と唱えます。
この中で、そもそも社会保障とは何か?社会保障費捻出のために消費税を増税する必要はあるのか?という民主党政権に対する批判だけでなく、高額所得者等にかかる税制を20年前のものに戻すだけで税収は増えると論じ、富裕税導入の提案や保険料負担率の頭打ちをなくす等の代替案を出しています。
「大蔵省をやめて、俯瞰してデータを見たことにより、改めて問題意識を持った」と武田氏は語っています。元大蔵省ならではの客観的なデータに基づいた議論を出発点に、政策としての社会保障について、読者自身が日本の選択を進めて頂ければ幸いです。
(協力:筒井隆彦、渡邊健)「そもそも何のために社会保障はあるのか」
金野:今回は非常に大きなテーマ「社会保障」について、お話を伺わせていただきます。
まず総論として、日本の今の社会保障全般についてお話をいただければと思います。武田:社会保障といっても、問題は、社会保障の問題と、社会保障を取り巻く問題があります。
今、「生活保護が増えている」という話があります。生活保護でよく語られるのが、不正受給の問題、払い過ぎではないかという問題、物価が安くなっているのに生活保護支給額はずっと変わらないという話です。不正受給をなくすことも生活保護に関して大事な問題ですし、確かに人によってはもらい過ぎている人もいる、年金と比べて不公平感があるというのもあります。
ただ、もう少し大きな問題として、日本では生活保護の捕捉率がまだ非常に低い。貧困で収入が国の基準以下なのに生活保護を受けていない人は、国に近い試算でもせいぜい30%ぐらいしか捕捉できていない。国から少し離れた人だと、10%、20%ぐらいしか捕捉していないのではないかと言っています。それは生活保護を受けたくないという国民性もあるでしょうし、生活保護が非常にわかりにくくて普通の人にとっては敷居が高いということがあります。それと、露骨に水際作戦などで生活保護を受けさせない役所のシステムがあります。非正規社員、老後の年金は生活保護以下
でも、生活保護に関して一番大きな問題は、生活保護予備軍が今非常にふえているということです。非正規社員が今、全体の3分の1になりましたが、この人たちのほとんどは、老後の年金は生活保護以下になるはずです。となると、それがほとんど生活保護の予備軍ということになっています。結局、社会保障の問題は経済問題であるということです。
この数字を見てどう思うか、僕はいろいろな方に聞いてみたいわけです。非正規社員である3分の1の方は、確実にその多くが生活保護以下の暮らしになる。それはもう、今わかっていることです。それに対して今のままで本当にいいのか。非正規社員の待遇がこのままこんなに悪くて、社会保険も十分でなく、もらえる額も十分でない中、雇用条件も悪い中で、このまま放置していていいのでしょうか。
非正規雇用を増やしたというのは、日本経済を活性化するためにいろいろなことをやっていく中で結局、問題を先送りにしているとしか思えない。経済をよくするために条件の悪い人を増やした。一部の大企業の業績を上げて、表面上の景気だけよく見せるという経済政策がずっとここ10年以上行われてきたので、今後、食っていけない人たちがどんどんふえていくことは確実で、これはデータとして誰が見てもそうです。
竹中平蔵さんにそれは聞いてみたいですね。3分の1の非正規社員の人たちの老後をどうすればいいのか。彼の言うように、この人たちは株で儲ければいいのでしょうか。この3分の1の人たちは株で儲けられるはずはありません。実際にそういう発想で経済政策は行われてきたので、そのツケがどんどんこれから大きくなっていく、そのことが社会保障というより、日本の経済社会全体が抱える一番のガンだと思います。
このままいったら、確実に大きな負担になるはずです。その人たちをみんな国が保障せずに放置して自分でやってくれと言うのであればいいですが、そういうことをしたら本当に社会不安になります。
だから、経済理論云々よりも、この数字をちゃんと直視してほしい。今現在の景気がどうこうではなくて、その人たちはどう考えても20年後、30年後に経済的に苦しくなるのはわかっている。それをわかっていて何もしない。手を打たない。
それは少子化対策と非常によく似ていて、少子化対策も20年前、30年前から、このままいけば少子化になるというのはわかっていて、有効な手立てをほとんど何もやってきませんでした。だから、今、現在、少子化になっています。それは非正規雇用の問題と同じだと思います。だから、長期的な視野に立って政策が行われていないということです。今の経済政策は表面上の景気や企業の業績を上げることだけに集中しています。金野:そういう意味では、今のお話は単に社会保障という視点よりも、もう少しマクロな経済問題というか、経済全体としてどういう社会やどういう国をつくっていくのかという大きなテーマですね。そもそもそれは統計的にももう何年も前からわかってきたことで、長期的な戦略なしにそのまま来て、今あたふたと目の前のことに右往左往しているということですよね。
武田:だから今、税と社会保障の改革と言っていますが、このことは税と社会保障をちょっといじくったぐらいで解決する問題ではありません。非正規雇用の人たちがちゃんと老後もやっていけるようなシステム、雇用システムというか、経済システムにしていかないと、それは小手先の社会保障をちょっと変えるぐらいでは無理です。
見直すべきは日本の経済システム
武田:社会保障について今、生活保護を多少増減したり、不正受給のことを改善したりしても、大きな波の大勢には全然影響していないということです。それをどうするのかということを、今、本当に政治家の方とかに聞きたいですね。
金野:だから、日本の経済システムそのものがテーマなわけですね。
武田:それと、日本はまだほかの国に比べたらましと思っているかもしれませんが、非正規雇用の待遇は、ほかの先進諸国に比べれば非常に遅れています。正確な数字は覚えていませんが、ほとんどの先進国で、同じ仕事をする場合、正規雇用の給料を100とすれば、非正規雇用の給料は50を超えている。日本の場合は30とかその辺ですし、社会保障などの待遇も非常に悪い。その上で非正規雇用の割合が高いです。
金野:そもそも数も多いけれども、待遇自体も諸外国に比べたら低いのですか?
武田:はい。だから、何故そんなふうにしたのか、聞きたいですね。多分、竹中さんの時代にやったことが多いと思います。──彼がやったのかどうか分からないですが、何を目指したのか。アメリカを目指したのか。アメリカを目指しても、アメリカの雇用の厳しく守られている部分はしょってしまって、企業に有利な部分だけ取り入れている。結局、それがこれからの社会保障費の増大にもつながっていくわけですから。とにかく一番大きな問題です。
金野:冷戦が終わって、社会主義国や対ソ連という脅威がなくなって以降は、アメリカの最大の興味は経済という部分の日本だった。そういう意味で、日本を弱体化していくという流れの中で例の年次改革要望書を毎年、日本に突きつけていく中で、その要望書の中身がほとんどそのまま実現されてきました。そこをサポートしていったのが、まさに竹中さんなり、小泉さんなりということが言われています。郵政の民営化でも、裁判員制度でも、保険の自由化でも、今回のTPPも、そういう流れでまさに格差社会……
大きな視野を、そのためにデータに基づく議論を
武田:バブル崩壊以降に財界が雇用の流動化をしたいということを95年ぐらいに発表しました。これは、結局、首を切りやすくしてほしい、そして、アルバイトや非正規雇用をたくさん雇えるようにしたいと言ったわけです。それが今そのままになっているということです。
財界というのも無責任で、ばかだなと思うのが、自分たちだけ守っても、国民が豊かでないと、結局、自分たちも成り立っていかないわけです。若者のクルマ離れはその象徴で、若者は金がないから車を買えないわけで、「大企業がちゃんと給料を払っていないから、社員を雇っていないからだろう」という話です。
逆に景気後退すると国家からの補助金をもらって、円高になれば我々は危ないから助けてくれということを言ってます。それで表面上の業績だけつくろう。みんながみんな、視野がすごく狭いというか、短い期間の業績のことばかり考えて、長期的なことを全然考えていません。長期的に見れば、もうこうなるとわかっているのにしないというのが、ちょっと信じられないですね。
僕は、先ほど言った社会保障とか、増税とか、大きな政府・小さな政府とか、その辺で別に主義主張はありません。単にデータを見てどう思うかということだけです。金野:要は、それらは全部手段ですからね。どういう税制だろうが、どういう政策だろうが、だれも人を不幸にしたいと思って政策をやる人はいないと思うのです。1人でも多くハッピーな経済社会がどうあるべきか、そのためには、どういう政策がいいのかを考えるのだと思います。
そういう意味では、この連載の中でも必ずメーンのメッセージになるような数字があって、その具体的なデータをもとに論が展開されているということだと思います。(表1)
表1 1988年と2010年の税金の主な違い 1988年 2010年 大企業の法人税率 40.2% 30%↓ 高額所得者の所得税率 60% 40%↓ 相続税の最高税率 75% 55%↓ 消費税率 0% 5%↑ そうすると、自民党政権からそうだとは思いますが、今の民主党政権に対して、理不尽な部分を幾つか挙げられていますが、この中でまず第1に言いたいということは何でしょう?
このままでいいのか税制改革? この20年、金持ちは優遇されている
武田:一番しなくてはいけないことは、高額所得者、資産家から税金を取ることです。余りにもこの20年ばかり優遇し過ぎています。私の記事(表2)の中にも書きましたが、20年前の税制に戻せば税収は概算でも今の倍になるわけです。そして、20年前の金持ちや高額所得者がそんなに苦しい生活をしておらず、20年前に戻してもだれも痛みはないわけです。
表2 1988年と2010年の国税収入の比較 1988年 2010年 法人税 18.4兆円 6.0兆円 所得税 18.0兆円 12.7兆円 相続税 1.8兆円 1.3兆円 消費税 0円 9.6兆円 その他 12.6兆円 7.8兆円 合計 50.8兆円 37.4兆円 むしろ20年前よりも金持ちはよほど貯蓄がふえていますから、20年前の税制に戻せばいい。消費税の増税は10%にしても多くて10兆円ふえるだけですから。20年前に戻せば30兆円ぐらいふえるはずなので、それで全部賄えるわけです。30兆円ふえるということは、消費税が20%分ぐらいです。消費税20%というのは、どれだけ経済の負担になるかという話です。20年前の税制に戻しても全然経済の負担にはならないはずなので、まず20年前の税制に戻せという話です。
それと、日本は法人税が高いと言っていますが、抜け穴みたいなものがたくさんあるので、実効税率は非常に低いです。いろいろな人が試算をやっていますが、輸出中心の大企業は20%を切ることが多いとされています。僕も正確なことはわかりませんが、それもしっかり実態把握するべきです。財界が表面上の税率だけをもって、高いと言うから下げるというような今までの政策は絶対おかしいです。金野:なるほど。税制というのは、全体のことを言っているわけですね。個人だけではなくて、法人税なども含めて。その中で、当然、個人の高額所得者と、それと今言われた法人については、いわゆる租税特別措置で例外規定がたくさんあるので、表面上の法人税率をフルに払っている会社はそんなに多いわけではないという話ですね。
武田:そうですね。企業が金を持っていないならしょうがないですが、今の日本の企業は十分金を持っています。
金野:租特の部分は、イメージとしては、僕の認識が間違っているかもしれませんが、上場している超大企業ではなくて、もう少し中堅企業などに対しての租特が多いわけではないんですか。
武田:違います。大企業です。租特で一番もうかっているのは大企業です。そして一番おいしい思いをしているのも大企業です。
金野:一番取れるところから余り取らないような仕組みになっている?
武田:そうです。租特については、普通の人は余りわからないでしょう。皆さんや、政策の研究をされている方でも、わからないでしょう。その辺のわからないところが、彼ら財界などの隠しどころです。それをきちんと書いても、普通の人はなかなか読んでくれない。「それでどうなの?」という話になるでしょう。
金野:表面的に法人税の法律の条文をいろいろ改正するよりも、大企業的には、世の中的に余り見えない租特の方が、要はおいしいわけですね。だから、逆に言うと、それを材料に余り政府に対して物を言えないというか、租特を継続してもらった方がおいしいという話をよく聞きますが。
武田:それはどっちもどっちというか、持ちつ持たれつというか。話がもっと大きくなるかもしれないですが、今、政治家はみんな大企業に物を言えない。だって、消費税を増税するということ自体が、完全に大企業のことしか考えていません。日本経済にとって、今のこの消費が冷えている中で、世界で一番物価が高い国で、消費税を上げてどうするのか。本当に歴史的な実験です。これだけ物価が高い国で、さらに物価に上乗せする税金をかけて、その後、この社会はどうなるのか。本当に実験です。
だって、今までそんな国はありません。日本は名目の消費税率は低いので、欧米はもっと高いから上げろと言っていますが、消費税、間接税の一番の副作用で、一番悪いところは、物価が上がることです。日本は今もう既に世界一高い間接税をかけている経済状態(図)です。その経済状態で消費がどんどん減っている中で、さらに消費税をかける。これは数字で見ればわかることで、個人資産がこれだけふえていて、大企業もこれだけ内部留保金を持っていて、なぜそこに手をつけることを全然しないで、細っていく消費に税金をかけるのでしょうか。それは明らかに、財界が言っているからです。「上げるなら消費
税を上げろ。法人税を上げたら海外に出ていくぞ」と脅しているから、そうなっているわけです。(後編に続く)