人から尋ねられて、調べてみました。
『資本論』初版序文(ディーツ版16ページ)に、「奴隷制の廃止以後、資本および土地所有諸関係の変化が日程にのぼっている!」と発言した主として、アメリカ合衆国副大統領ウェイドが登場します。
ウェイドについては、大月版資本論の人名注でも、新MEGAの人名注でも、ベンジャミン・フランクリン・ウェイド、アメリカ合衆国副大統領(在任1867-69年)と出てきます。1867年にリンカーン大統領が暗殺されて、そのときの副大統領アンドリュー・ジョンソンが大統領に昇格します。ですから、在任1867-69年の副大統領ということは、アンドリュー・ジョンソンが大統領に昇格したことにともなう副大統領ということになります。
しかし、Wikipediaの「アメリカ合衆国副大統領」の項を見ると、この時期は「不在」となっています。
これはどういうこと? ということで調べてみました。
まず、Wikipedia日本語版の記述は正しいのか? ということで、英語版WikipediaのList of Vice Presidents of the United Statesの項を確かめてみましたが、やはりVacancy by ascension(昇格による欠員)と書かれています。
で、いろいろ調べてみると、こういうことがわかりました。
そもそも、アメリカ合衆国副大統領は、副大統領に選ばれるとともに、上院議長に就任する。副大統領は、大統領が執務不能におちいったときには大統領権限を継承するが、それ以外のときには、ほとんど政治的権限もなく、名誉職的な存在だった ((副大統領トルーマンは、大統領ルーズヴェルトの死去にともなって大統領に昇格したとき、初めて原爆開発の事実を知らされた、というエピソードは有名。))。
ケネディー大統領の暗殺事件をうけて、アメリカ合衆国憲法は修正第25条によって、大統領職の継承、代理について定めた(1967年成立)。この修正第25条の第2節で、副大統領が欠けたときは、大統領が副大統領を指名し、上下両院の過半数で承認される、ということが初めて決められた。
ニクソン政権2期目の1973年10月に、副大統領スピロ・アグニューが辞任したとき、この修正第25条にもとづいて、ジェラルド・フォードが1973年12月に副大統領に就任。ところが、その後、1974年8月にそのニクソン大統領がウォーター・ゲート事件で辞任したため、フォード副大統領が大統領に昇格することになり、史上初、大統領選挙で選ばれていない人物が大統領に就任することになった訳です。
つまり、これ以前には、大統領が欠けたときには副大統領が大統領に昇格するけれど、その結果、空白になった副大統領職はそのまま空白のままに置かれた、ということです。
したがって、ウェイドは副大統領にはなっていない、というのが正解です。
では、なぜ副大統領と言われているのか? 実は、合衆国憲法第1条(合衆国議会)の第3節第5項で、「副大統領が不在の場合または合衆国大統領の職務を行なう場合には、臨時議長を選出する」と定められていて、ウェイドは、この規定に従って、上院の「臨時議長」になった訳です。この「臨時議長」は、副大統領から昇格した大統領が欠けた場合には、臨時に大統領の職務を行なうことになるので、その意味では「副大統領」とも言えるのですが、しかし、正確には副大統領ではなく、あくまで臨時議長である、ということになります。
ちなみに、新MEGAによれば、初版序文のこのくだりは、「フォアボーテ。国際労働者協会機関紙」(ジュネーブ)1867年8月号の記事からとられたものだそうです。