『経済学批判』27ページとはどこか?

『経済学批判』(ベルリン、1859年)27ページ

『経済学批判』(ベルリン、1859年)27ページ

『資本論』第3部第19章で、マルクスは、「貨幣制度一般が、どのようにして最初、異なる諸共同体間の生産物交換のなかで発展するかについて、私はかつて指摘したことがある」と述べて、そこに注(42)を付して、『経済学批判』(ベルリン、1859年)の27ページを上げている。

新日本出版社版では、ここに訳注がついていて、邦訳該当ページとして、『全集』第13巻(『経済学批判』が収められている)の19ページを指示している。大月書店版では、ヴェルケ版のページで21ページとなっているが、『全集』で確認したらすぐ分かるように、指示した個所は同じだ。

ところが、どうもこのページが違うようなのだ。

そこで、まず『経済学批判』の原書を確認してみた。いまは便利な世の中で、Google Booksを探すと、ちゃんと『経済学批判』のコピーのPDFファイルが見つかるのだ。冒頭の写真はその27ページだ。

髭文字なので読みにくいが、下の方に脚注がついており、出だしが「アリストテレス」、そして脚注の末尾は「l.c.」(前掲個所に同じという意味)と書かれていることが分かる。

ところが、先程邦訳で指示された『全集』第13巻19ページには、このような注がない。19ページに注はあるのだが、それは「原生的な共有の形態は」という書き出しで始まり、それがスラヴ的、ロシア的だというのは「近ごろひろまっているわらるべき偏見である」と指摘した、これはこれで有名な注だ。しかし、これは、『経済学批判』原著29ページにある注ではない。

そこで、この注を探してみた。前にも書いたように、「アリストテレス」で始まり、「前掲個所に同じ」で終わる注だ。

これを探していくと、これは邦訳『全集』第13巻35ページに出てくる。この注がつけられた本文の場所は、34ページ下段9行目で、前後、こう書かれている。

実際には、諸商品の交換過程は、もともと原生的な共同体の胎内に現われるものではなく、こういう共同体の尽きるところで、その境界で、それが他の共同体と接触する数少ない地点で現われる。

書かれている内容から言っても、『資本論』第3部第19章で指摘していることにピッタリ合致する。だから、ここが『経済学批判』の原著27ページの該当箇所であることは間違いない。

では、なぜ、大月書店版や新日本版で、前述のような邦訳街頭ページの指示が間違っていたのか?

確かめてみると、ヴェルケ版の資本論に、ヴェルケ版編集部の注として、Siehe Band 13, S. 21(第13巻、21ページを見よ)と書かれているのだ。大月書店版はヴェルケ版を定本としており、訳注なども大部分がヴェルケ版編集注のとおりになっている。新日本出版社版は、ドイツ語各版を総合して邦訳したと謳っているが、ここに関しては、ヴェルケ版編集部にそのまま従って、実物を検証してみなかったのだろう。

ちなみに、岩波文庫(向坂訳)では、同じく岩波文庫の『経済学批判』の54-55ページを見よと書かれているが、これは正しい箇所を指示している。青木書店の長谷部訳も確かめてみたが、こちらは青木文庫版の『経済学批判』のページを挙げているのだが、青木文庫版の『経済学批判』は未見なので確認できない。

なんにせよ、とんだ勘違いだ。ヴェルケ版の編集注といえども軽々しく信じこんではいけない。

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