いつも風呂に入りながらのんびり本を読むのですが、今日は、友人から薦められた『スティグリッツ早稲田大学講義録』(光文社新書)を読みました。
この講演は、今年(2004年)4月に行なわれたもので、タイトルこそ「国際金融機関の役割――成功と失敗、および改革への提言」という難しいものになっていますが、中身は、国際金融機関とりわけIMF(国際通貨基金)がどれだけ間違ってきたか、なぜ間違ったのか、これからどう改革したらよいのかを、分かりやすく話しています。
で、IMFはなぜ間違ったのかというと、ずばり「市場に任せておけば何事もうまくいく」という市場原理主義の信奉者になってしまったこと。ほんらい「市場」というのは、広い範囲で失敗するものであるにもかかわらず、しかも経済学的な裏づけ、理論づけもなしに市場原理主義にのっとり、IMFが「順循環的な貸し付けをおこなった」(つまり、景気の良いときには資金を貸し込み、悪くなると資金を回収しようとした)ために、途上国はますます窮地に追いこまれたのだ。そして、マレーシアやチリなどは、IMFの指示を守らなかったがゆえに、経済的危機の落ち込みは小さく、回復は早く、負担は少なくなったと、主張は非常に明快です。
たとえばスティグリッツ氏は、こう述べています。
失業率を下げる効果を持つ政策を実施することで、インフレが起こる可能性があったとしても、それは十分に取る価値のあるリスクなのです。失業率を下げて完全雇用を達成することは、最も重要な社会政策です。
アメリカでは、マイノリティの人々が社会から疎外されてきました。しかし、失業率が下がってきたことによって、彼らはアメリカ社会に融和されていったのです。ここ20年全く職に就くことができなかったマイノリティの人たちが職を得ることができました。事実、黒人やその他のマイノリティ・グループの失業率は低下したのです。失業者のための社会保障支出も少なくてすむようになりました。人々は、生活保護を受けるよりは働きたいと思っているのです。……
加えて、失業率低下はアメリカの都市部にさまざまな好影響をもたらしました。都市部では犯罪が大きな社会問題でしたが、犯罪率は失業率の低下とともに低減しました。暴力事件が減少し、都市部がずっと住みやすくなったのです。こうした変化は、アメリカ経済全体によい影響を与えました。悪循環から好循環への転換が実現したのです。
これは、氏が大統領経済諮問委員会(CEA)の委員をしていたときのことを指していますが、政府の経済政策とは何かという根本問題についての考え方をよく示していると思います。ひるがえって考えてみると、日本では、銀行の「不良債権処理」と大企業の「業績回復」だけがこの何年かの経済政策の至上命題となり、その結果、失業率は上昇。終わってみれば、銀行は身軽になり、大企業は業績を伸ばしているものの、犯罪率は上昇し、生活保護は増加し、国民年金の未納も広がり、社会保障全体が危機に直面し、多くの人々が不安を強めています。この「失ったもの」の大きさは、計り知れません。経済学的な立場はどうであれ、まずこの“現実”をよく見ることから出発する――そのことの重要性を分かりやすく示してくれていると思いました。
追記。スティグリッツ氏の講演は、本書の約半分だけ。残りは編著者による解説なので、講演部分だけなら、お風呂に30分もゆっくり使っていれば読み終えることができます。(^^;)
【書誌情報】編著者:薮下史郎、荒木一法/光文社新書/ISBN:4-334-03272-9/2004年10月発行/定価:735円(税込)
私はスティグリッツの講演した学校のOBのエンジニアですが、氏の経済入門を読んでみて、大変よくできた教科書と思いました。
こんな新書も執筆していたのですね。
経済入門の感想ブログからトラバさせていただきます。
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