森岡正宏厚生労働政務官の発言について、事実を確認しておきたいと思います。
さし当たり、一番詳しそうなのは、読売新聞の記事です。
A級戦犯、国内では罪人でない…森岡厚労政務官発言(読売新聞)
A級戦犯、国内では罪人でない…森岡厚労政務官発言
森岡正宏厚生労働政務官は26日の自民党代議士会で、小泉首相の靖国神社参拝問題に関連し、「中国に気遣いして、A級戦犯がいかにも悪い存在だという処理をされている。A級戦犯、BC級戦犯いずれも極東国際軍事裁判(東京裁判)で決められた。平和、人道に対する罪など、勝手に占領軍がこしらえた一方的な裁判だ。戦争は一つの政治形態で、国際法のルールにのっとったものだ。国会では全会一致で、A級戦犯の遺族に年金をもらっていただいている。国内では罪人ではない。靖国神社にA級戦犯が祭られているのが悪いように言うのは、後世に禍根を残す」などと発言、参拝取りやめを求める中国などを批判した。(以下略)
[2005年5月26日23時36分 読売新聞]
この記事から分かるように、森岡氏の主張は、<1>極東国際軍事裁判は「一方的な裁判」であり、<2>戦争は「1つの政治形態」であり、「国際法のルールにのっとたもの」だから、A級戦犯とされた戦争指導者は、そもそも無罪なのだ、というものです。森岡氏にとっては、恩給支給などは「そもそも無罪だ」ということの国内的な確認にあたる、ということなのです。したがって、つまり、森岡氏にとっては、“A級戦犯とされた戦争指導者たちは戦争犯罪を犯したが、刑を終えた以上、もう犯罪者ではない”かどうかは、少しも問題になっていません。
追記:
共同などの記事で、森岡氏が「もう罪人ではない」と発言したことが確認されましたので、上記打ち消し線部分は削除します。しかし、森岡氏は単に“刑を終えたから、もう償いは済んだ”と言っている訳でないことは「日本が占領下にあったとき、勝者である連合軍が国際法違反の軍事裁判で敗戦国日本を裁いたもの」「『東京裁判は国際法上違法であった』と世界に向って主張すべき」とくり返し主張していることからも明らかです(引用は、森岡正宏議員のホームページから)。しかし、国際社会に向かって「東京裁判は国際法上違法だった」という主張は、それこそ、ナチスを裁いた「ニュルンベルグ裁判は間違っていた」というのと同じで、通用するはずもありません。[以上、6/2夜追記]
さらに問題なのは、以下のことです。首相の靖国神社参拝で問題になっているのは、靖国神社が「英霊」の「顕彰」を目的とした宗教法人であって、戦争犠牲者を追悼する施設でない、という点です。したがってそこに首相が参拝するということは、日本政府が、A級戦犯を「英霊」と認め、「顕彰」していると受け止められることを意味します。日本政府は、サンフランシスコ条約で極東国際軍事裁判の判決を受け入れた以上、A級戦犯を「英霊」として「顕彰」する態度と一線を画す必要があり、そうであれば、首相の靖国参拝は中止されるべきだということです。それは、一般的に刑の執行を終えた者を理由なく不当に扱ってはならない、というような問題ではありません。
それでも、“刑の執行を終えたら、犯罪者ではなくなるのでは”と疑問に思う人もいるでしょうから、最後に、一言。「刑」(刑罰)とは、「犯罪に対する法律上の効果として行為者に科せられる法益の剥奪(制裁)を内容とした処分」(有斐閣『法律学小辞典』)を指します。したがって、刑の執行を終えたあとで、引き続きその人の法益を侵害するようなことがあってはならない、ことは言うまでもありません。また、新しい犯罪を犯したことの証明がない限り、新たな犯罪者として取り扱われないことも明白です。
しかし、そのことは、犯罪の事実を消滅させたり、その人を有罪とした判決そのものの取り消しを意味しません。今回の森岡発言について、小泉首相が「東京裁判で決着済み」と述べているのも、刑の執行が終わったからといって、有罪判決が消えてなくなる訳ではないということを、当然、承知しているからです。
森岡氏が「罪人」という没概念的な日常語を持ち出して、こうした基本的なことをごまかそうとしても、それは無理というものです。なお、公人、とくに公権力の執行に携わる人間の場合、過去の犯罪を指摘したからといって、ただちに名誉棄損になるなどということはありません。
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