千葉・稲荷山遺跡から「七星剣」

今日の「毎日新聞」夕刊の「遺跡の現在形」で紹介されていたのですが、千葉県成田市の稲荷山(とうかやま)遺跡で、1983年に出土していた鉄製の剣を調査したところ、刀身に北斗七星を刻んだ「七星剣」であったことが判明したそうです。

遺跡の現在形:稲荷山遺跡(千葉県) 想像力刺激する謎の七星剣(毎日新聞)

で、あらためてニュースを検索してみると、この「七星剣」発見のニュースは、すでに3月9日付で流れていたようです(見逃してました)。

それにしても、大阪の四天王寺や奈良の法隆寺、正倉院などに伝来する「七星剣」が千葉に? というのが一番の不思議。出土状況から、9世紀ごろ(平安時代前期)に埋められたと考えられるそうですが、刀剣そのものはもっと古く、古墳時代にさかのぼる可能性もある、とのこと。もちろん、呪術的な意味があったことは間違いありませんが、そういうものとしてあちこちで作られていたものなのか、それとも、中央政権と何らかのつながりがあったのか。

古墳時代や奈良時代というと、とかく話は畿内が中心。その時期の関東地方がどうなっていたのか、とても興味がわいてきます。(しかし残念なのは、遺跡自体はすでに宅地になって消滅しているということ。もったいない…)

遺跡の現在形:稲荷山遺跡(千葉県) 想像力刺激する謎の七星剣
[毎日新聞 2007年5月16日 東京夕刊]

 北斗七星を象眼した「七星剣(しちせいけん)」と呼ばれる特別な刀が、日本に5本現存する。うち4本の所蔵者は大阪・四天王寺、奈良・法隆寺、同・正倉院、それに長野県小海町の旧家。そうそうたる名前が並ぶ。四天王寺刀にいたっては聖徳太子愛用と伝わり、国宝に指定されている。いずれも極めつきの希少品である。
 その5本目が千葉県成田市の稲荷山(とうかやま)遺跡から出土していたことがこのほど分かった。発掘で見つかったのは初めて。長径70センチ、深さ10センチ強の穴に埋められていた。報告書を書いた日高慎・東京国立博物館主任研究員によると、一緒に出土したつばなどの刀装具の様式から9世紀ごろ(平安時代前期)に埋められたと考えられる。刀身自体はもっと古く、古墳時代にさかのぼる可能性もあるという。刀には炭や骨片らしき付着物があり、所有者の火葬に伴って埋められたものとみられる。
 さて、それにしてもと、調査関係者は頭をひねる。こんな貴重品がなぜ、当時の中央から遠く離れたこの地から出土したのか。他の4本の由緒からみて、相当の人物が所有していたはずである。
 ところが「9世紀のものとして、周辺にそういう有力者の存在を示す遺構がない」と、成田市教委文化振興室の菊地敏記主査は悩ましそう。古代下総国の国府は今の千葉県市川市にあり、遠く離れている。
 もっとも、「中央(畿内)との関連を示すものが全くないわけではない。物語レベルの話ですが」とのことなので、物証から離れた推論を戒める考古学徒に無理強いし、いくつか挙げてもらった。
 一つは、遺跡から1キロ半西にある名木鎌部(なぎかまべ)廃寺だ。出土した瓦や住居跡などから8世紀後半ごろの創設といわれる。その西約4キロには9世紀開基の龍正院がある。さらに西約7キロ地点には、東日本最古の寺といわれ、白鳳(はくほう)仏が現存する古刹(こさつ)、龍角寺がある。一方、稲荷山遺跡自体の近くからも、唐製とみられる一風変わった十一面観音像が出土している。
 他の七星剣も四天王寺、法隆寺、正倉院(=東大寺)と、仏教との密接な関連をにおわせる。日高さんも「古代仏教の稀有(けう)な資料が濃密に分布する地域。中心(国府)から少し離れた場所ではあるけれども仏教とのつながりが極めて強い」と述べる。
 このほか、稲荷山近辺には古代の官道の「駅」(駅屋(うまや))があった可能性が高く、へんぴなところとも言い切れないようだ。
 ところで、そもそも七星剣とは何なのか。東野治之・奈良大教授(日本古代史)によると、平安時代の宮中には、天皇の代替わりに神器とともに授受される霊剣があった。その一つが「護身剣」と呼ばれ、北斗七星の文様を持っていた。まさしく七星剣だ。皇位の印になるほどの重要なものだったのである。もっとも、東野さんも「邪悪を破るなど、七星剣が呪術的な意味をもっていたことは間違いないが、四天王寺などの剣が具体的にどう使われていたかはよく分かってはいない」と話す。
 古代仏教との関係など、七星剣は地方史の新しい局面を開く可能性を秘めるが、探究は簡単ではない。
 想像をたくましくすると、実は一つできすぎの話がある。千葉県という名前は、この地にいた中世の豪族、千葉一族にちなんでいる。その千葉氏は妙見(みょうけん)信仰をもったことで知られるが、この「妙見」こそ、北斗七星や北極星の神格化されたものにほかならない。強引に物語をつくれば、稲荷山七星剣は千葉県の出土品として誠に意味ありげに見えてくる。
 「検証しようがない話ばかりで……」と菊地さんも苦笑する。「今後の発掘調査に注意し、七星剣をめぐる全貌(ぜんぼう)の解明は将来に託したいですね」。圏央道の建設に伴って、大事なヒントの一つ、名木鎌部廃寺の発掘が近く行われる。一歩でも真相に迫る発見があるか。【伊藤和史】

稲荷山遺跡 利根川に近い千葉県北東部に位置。縄文時代の遺跡として知られ、83年、宅地開発に伴う発掘調査が実施された。縄文の遺構群から離れたところで、今回問題になっている平安期らしい穴がぽつんと見つかった。出土した刀身は鉄製で、長さ約13センチの先端部分と同約6センチ部分の2点。遺物を整理する過程でX線撮影が行われ、北斗七星が見つかった。今年3月に発表、公開され、話題を呼んだ。遺跡は住宅地となり、消滅した。

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